26 いざスモークへ
色々ありすぎた日々が終わり、スモークへと向けて旅立つ時がやってきた。ワーたちに協力してもらいゆっくりと空の旅を楽しもうかと考えていたサクたちだったが、盛大にやつれたカノンが朝食の時に飛び込んできたことでその予定はお蔵入りとなってしまった。
カノンなどの各国の有力な研究者や科学者たちの意見が一致。魔物大量発生という事態の収拾のためには現守護騎士であるサクの協力と行動が不可欠だと判断され、スモークにも早急に向かってほしいとのことだった。
ここにきて多くの期待を寄せられたことで心が重くなるサクだったが、これさえ終われば静かな生活を送ることができるとカノンに約束されて頑張らざるを得なくなってしまった。
押しつぶされそうになっても支えてくれる大切な人たちがいなければもしかしたら断っていたかもしれない。それに、今は支えなければいけない存在もいる。落胆する心にしっかりしろと言い聞かせ、温かい小さな手を握りながらサクはゆっくりと歩き続けた。
「ねえ、パパ」
「ん? どしたコウ」
「どんなのに乗るんだろうね」
「んん~、どうだろう。叔母さんは凄く早い乗り物だって言ってたけど」
「早い乗り物……、ワクワクするね!」
「そうだな。コウは楽しみか?」
「うん! 楽しみ!」
横をとてとてと歩くコウはこちらを見上げ、満面の楽しそうな笑みを浮かべていた。幼少女状態のハクとは違う愛らしさにサクだけでなく、近くを一緒に歩いているハクたちも胸を射抜かれてしまう。
何かよく分からない危険な存在が元だとは到底思えない。眼前にいる男の子は、これから見ることのできる未知に興味津々。活き活きとした思いが全身からあふれ出ていた。
ちなみに着ているは昨夜から継続してカーラが作っておいた子供服。フードを被れば小さなドラゴンに早変わりといった遊び心もある可愛らしい服だ。いずれは来るであろう未来を想定して作ってくれたものだが、早くも使うことになろうとは。
しみじみと思いを巡らせるサクとハクたちが目指すのは王国騎士団専用の出入り口。輝かしい太陽に照らされた心地よい朝だが、そばを通り過ぎるのは騎士たちばかり。真面目彼らの表情がこちらを見て大半が頬を緩ませている光景は見ていて少し面白かった。
「うわぁー……、っとと」
「おっと。危ないぞコウ」
「ご、ごめんなさい。高いねー……」
間近まで迫った壁を見上げてバランスを崩したコウをサクが素早く支える。腕の中のコウはキラキラと輝く目でそびえ立つ堅牢な壁を眺め続けていた。
ワーたちと一緒に見回りをしているときはそれほど高くは感じなかったが、実際真下までくるとかなりの大きさだということがよく分かる。この上に立って警戒の任に就いている騎士たちの視点を考えると肝が冷えてしまった。
コウの壁への興味が薄れそうにないことを理解したサクはそのまま抱き上げ、肩車してあげた。頭に掴まるコウは歓喜の声を上げてはしゃぎ続ける。
「高ーい! 壁もよく見えるー!」
「あんまりのけぞるなよー。誰か後ろから支えてやってくれー」
「分かった。そのまま歩き続けていいよ、サク」
「おう、すまんハク」
昨日から引き続き美女状態のハクが背後に回り、コウの背中を支えた。こうなるともう道行く騎士たちから見ると仲のいい夫婦にしか見えない。カーラは微笑んで見守ってくれているが、アイリスは微笑みながらもどこか羨ましそうな感じの視線を向けていた。
心を通してこの状況が嬉しくてたまらないといったハクの思いが伝わってくる。とても喜ばしいことなのだが、その温かな思いが自らに向けられていないと考えると少し寂しくなってきてしまった。
子に嫉妬するとかだめな父親だとため息交じりに考えていると、コウを支えながらのハクの口が耳元にまで近づいてきた。無意識のうちに押し当てているであろう胸を背で感じてサクが体をびくつかせると、ひっそりと耳打ちをしてきた。
「サクが大好きなのは変わらないよ。だって私の大切な夫だもん」
「お、おう。ありがと」
「あれ? パパ赤くなってる。どうしたの?」
「な、なんでもないぞーコウ。壁はどうだー?」
「高いよー! 全然手が届かない!」
「そうか。乗り物まであと少しだから、大人しくしてろよー」
「はーい!」
「ふふっ。頑張ってね、パパ」
元気な返事と励ましの言葉をかけられ、サクは赤くなりながら目の前に迫った出入り口へと意識を集中させる。そうでもしなければ以前から元気溌剌なムスコが仰角を上げ始めてしまいそうだった。
警備にあたる騎士たちの熱い視線を浴びながら開け広げられた門をくぐって壁の外へと出ていく。その向こうには整備された道と平原が広がっていた。天気が良かったのも重なって、最高のお出かけ日和に思える。
肩車したコウが爽快感溢れる光景に感嘆の声を漏らしているところで、サクは5年前に知らず知らずの内にここから修行の旅に出たテンガのことを考えていた。
元気にはしているだろうが、そろそろ自信たっぷりなあの姿を見たい。昔やったゲームを懐かしく思い、久しぶりにプレイしたいと思うのと似た感覚。割とそこまで重要視していない気もするが、サク的にはとても大切な存在としてテンガは位置していた。
「……!! パパ!! ひ、左!!」
「ん? どうしたコウっておぉおん!?」
「な、何あれ?」
「大きいですね~」
「……まさか、完成してたなんて」
ばしばしと頭を叩かれながらサクがコウに言われた方を見ると、ファンタジックな風景をぶち壊すかのようなとんでもない物が視界に入り込んできた。ハクたちもそれを見て、それぞれに声を上げる。
列車とも車とも違う、地を進んでいくとは思えない乗り物。それなりに洗練されたデザインのそれは、サクの知識で言う『飛行機』と呼べる物だった。
草の禿げた地に待機しているその前には先に屋敷を出ていたカノンが立っていた。瞳を輝かせ続けているコウを乗せたまま、サクはどや顔で立つカノンへと苦笑いしながら近づいていく。
「来たなサク御一行。こいつは『バードン』。インスタントの方から急遽提供された試作型高速飛行魔導旅客機だ」
「はあ……、そうっすか。ちなみにこれに乗るとどれぐらいでスモークに着くんすか?」
「2時間だ」
「それって体とかにかかる負荷がとんでもないと思うんすけど」
「安心しろ。防護魔法や軽減魔法でそこらへんは徹底的に配慮されてる。あたしを含む世界中の科学者の好意で用意できたんだ。ありがたく思え」
「……はい。ありがとうございます」
某ヒーローナンバー6に出てきた怪獣の名を冠する乗り物に不安を隠しきれないサク。特に試作型という単語が引っかかって頭から離れないでいた。
これまでの人生でハクに乗ったり、ワーたちの背に乗ったりと空を飛ぶことはあったが、飛行機にはあまり乗る機会がなかった。というかこの世界の飛行機は初めて。無機質なそれに身を任せることにサクは恐怖心を抱いているのだ。
そのバードンを作ったインスタントとは、カノンの使うノートパソコンなど異世界から手に入れた技術をフル活用して発展している国。グリールの南に位置する『レトルト大陸』を統治し、スモーク以上の友好国としても有名なところである。
「パパ! 下して!」
「分かった、分かった。そんなにはしゃがないでくれ」
大人げなくビビるサクとは正反対にワクワクを抑えきれないコウは、地に足を付けると同時にバードンの内部へ入るための階段へと一目散に駆けだす。転ばないかと冷や冷やしながらサクたちはその小さな背中を追い掛けていった。
しかし、ここできちんとしているのがコウ。昨晩ハクに教えてもらったことをきちんと守り、カノンの目の前まで素早く戻るとぺこりと頭を下げた。
「乗せてもらいます。ありがとうございます!」
「……ああ。気を付けて乗りな。転ぶんじゃないよ」
「はい!」
顔を上げたコウは再びバードンへと向かっていく。その活力がみなぎる可愛らしい姿をカノンは普段見せることのない慈愛に満ちた目で見守っていた。
「子供……か」
「こういうのもどうかと思うんすけど、叔母さんは作る気はないんですか?」
「……いつかは作る。いつかはな」
そう口ごもりながら答えたカノンの顔は、そのために必要なことを想像して赤く染まっていった。先ほど同様に滅多に見せない一面にサクが思わず吹き出しそうになると、照れ隠しの言葉攻めが開始された。
「いつかは作るといっても今日帰ってからするとかそういうことは断じてないぞ! 戻ったらグリールの各所に調査隊を派遣する手続きを進めなけりゃならんし、色々あってあたしも忙しいんだ! お前のように好きな時に好きなようにズッコンバッコンし――」
「お、落ち着いて叔母さん。俺が悪かった。悪かったです」
「わ、分かればいい。分かればな。ほら、息子を待たせるのは親としてどうかと思うぞ」
「パパー! ママたちー! はーやーくー!!」
「それもそうっすね。それじゃ、いってきます。叔母さんも頑張って」
「ああ。気をつけてな」
送り出しの言葉を受け、サクはその場で飛び跳ねて待つコウの下へと急いだ。その後に続きハクとカーラも礼の言葉を述べてバードンの方へ向かっていく。
「待て、アイリス」
「何、叔母さん?」
唯一、アイリスがカノンに呼び止められた。真剣な表情で見つめてくることから何か重要なことかと身構えるアイリスに、カノンは胸ポケットから取り出した紙切れを手渡す。
目くばせで折りたたまれたそれを開いていいかと確認すると、カノンは無言で頷く。恐る恐るといった慎重な手つきで開けていき、そこに書かれていたことを見たアイリスの表情が強張った。
その紙とカノンへとアイリスは視線を行ったり来たりさせた後、静かに自らの収納方陣へとしまう。そして最後にきっぱりと言い放った。
「こういうのは自分で買って来た方がいいと思うよ、叔母さん」
「仕方がないだろ。忙しくて行けないし。それ、スモークにしかないイヤサの好物なんだから」
「ふう……。分かった。ちゃんと買ってくる。お代は後でいい?」
「もちろん。頼んだぞ、アイリス」
「うん。叔母さんもイヤサと仲良くね」
「んなっ……!」
呆気にとられたカノンに見せつけるように左手を振りながらアイリスはバードンへと行ってしまった。もしかしたら先を越されてしまうかという女性としての一種の焦りがカノンに芽生えたが、多忙だからしょうがないとすぐさま焦りは切り捨てられた。
全員が乗り込んだところで出入り口は閉じられ、階段は折りたたまれて機体の下腹部へと格納された。各部へと魔力が伝搬されていき、巨大な質量の塊が上空へと浮かび上がり始める。発生した風を受けながらもカノンはこの世界の希望だと言える存在たちを乗せたバードンを強い意志の込められた目で見続けていた。
ある程度の高さまで上昇したバードンは生み出したエネルギーの放出口を後方へと向ける。そして爆音を一帯に轟かせ、目にも止まらぬ速さで空を駆けていくのだった。
バードンが消えていった空を眺めるカノンの周囲には他方からの役目を終えて戻ってきた小さいおっさんたちが決め顔で敬礼していた。完全に見えなくなったところでカノンが特大のため息をついたところで、背後から声がかけられる。
「行ったようじゃの」
「ああ。これでまた有力な情報が手に入ればなによりだ」
ゆっくりとした足取りでカノンの横にやってきたのはクロノス。感慨深い表情で清々しい青空をカノンとおっさんたちと眺める。
「これも何かの縁といえばよいか。もしサク君が来ていなければ、この世界はどう歩んでいたか想像も出来ん」
「ま、どうなってもあたしらは頑張るだけだよ。そうだろ、親父」
「そうだの」
そう言葉を交わす親子は世界の行く末を案じながら空を眺め続ける。そんな彼らの思いを知ることなく、サクたちは快適な機内にておおはしゃぎしながらスモークへと旅立っていくのだった。
※※
「……ん?」
鮮やかな青髪が特徴的な男性が瞬く間に空を通り過ぎていった存在を感じ取った。そんな彼に合わせ、周囲にいた4人組が去って行った空を見つめる。
彼らがいるのはスモークの『ダック』。様々な観光地や各国へと向かう豪勢な船が停泊し、スモークで一番発展している港町だ。
長い旅を終えた彼らはようやく祖国へ帰るために船の手続きへと来ていたのだが、空を通過した何かによって状況が一変した。4人組のうちの1人で長男のフェンフが主に説明を始める。
「あれは恐らく近年インスタントにて開発が進められていた高速飛行魔導旅客機だと思われます。しかしながらやってきた方角から考えると、出発点はグリール。目標地点はスモークの首都。内部の数人の魔力から想定する限り……」
「……サクたちか」
「可能性は大です。どうなさいますか?」
「彼らが動いたということは何かあった可能性がある。予定変更だ。私たちも首都に向かうぞ」
「「「「了解です!」」」」
主の指示を一寸の狂いもなく揃って返事をした4人組はすぐさまスモークの首都へ向かう準備を始めた。どのルートが最短か、どの移動方法が最も確実か、凄まじい速度で決めていく。
頼もしいいつもの4人組を横で感じながら、5年前と変わることのない熱い雰囲気を醸し出しながら空を眺める。そしてようやく再会できる存在へとその場で思いを告げるのだった。
「ようやく、肩を並べるときが来たということか。楽しみだな、サク」
輝かしい笑みは通り過ぎていく人々の注目の的となり、多くの女性が止まって見惚れてしまっている。それだけでなく、小さな男の子も勇ましいその姿を親に手を引かれながら見ていたりもしていた。
ダックの港においてできた人だかり。その中心にて、テンガが自信に満ち溢れ、熱意を振り撒き続けていた。




