59 行ってきます
――2日後の夜
世界全体が大騒ぎとなった夜から2日が経過した。精神的被害は数多く見受けられたが、グリール以外では物理的被害がなかったのは不幸中の幸いだった。
グリールにおいての傷者のほとんどが軽傷で済み、死傷者もでていない。人的被害は最小限に抑えられたものの、建物の被害は酷かった。2日経って民家や街並みなどは復元魔法によって元通りにはなったが、復元不可能な特殊鉱石を使用した建物の修復はまだ完了していない。
復元不可能な部分で多かったのが、操られたイヤサが城やその周辺を移動する際に破壊していった場所だ。倒壊しているのではなく、跡形もなく消し飛んでいたりするところもあったため、元に戻すのが大変なのだそうだ。
色々と動き回っていたが、ようやく落ち着いてきた。夕食後に与えられた僅かな平穏の時間をサクはハクと一緒に城の最上階にあるイヤサの自室にて過ごしていた。
ただお邪魔しているだけではない。後回しにされていた紳士同士の約束を果たすためにやってきたのだ。ハクがいるのは想定外なのだが、重要な作業であるために静かに待ってもらっていた。
約小一時間程度に及ぶ紳士の解読作業。それは、サクが実際に書かれている文字を全て読み上げ、イヤサが文字として書き残していくという壮絶なもの。真面目な顔で作業にあたる2人をハクは頬を染めながら見守っていた。
サクがこの世界に来た時に持っていた夜食をつまみながらの作業は、2人にとってはとても有意義なものとなった。やり終えたことによる達成感に満ちたサクは、王室特製のふっかふかのソファにもたれかかった。
「本当にありがとう、サク。これは良い秘蔵の宝物となりそうだ」
「喜んでくれてなによりだ。長く使ってやれよ」
これまでにない笑みを浮かべるイヤサに対し、サクは座ったまま右拳を握ったまま親指を立てる。友人として振る舞ってほしいというイヤサの要望に、サクは上手い具合で答えることが出来ていた。
一国の王の自室で解読のためにとんでもないことを発言していったが、悔いはない。これも同士であり、知りたいと欲する紳士のイヤサのためだからだ。これでまた同じ性癖を持つ存在が増えたと思うと、感慨深くなってくる。
そんなことをしみじみとサクが考えていると、ハクがこちらをじっと見つめてきていることに気が付いた。少し不満そう表情のままで、ハクは口を開く。
「あれ、呪いの本じゃなくてただのエッチな本だったんだね」
「あ、すまん。本当のこと言ってなかったか」
まだハクと出会ってから間もないころのことを思い出すサク。あれを呪いの本だと信じていたハクの可愛らしい行動には心を和ませてもらった。今でも可愛いことに変わりはないが、小さい竜の姿のハクはとても可愛かった。
思い返しながらサクがにやけていると、ハクは唇を尖らせた。そんな2人の様子をイヤサは楽しそうに見守っている。
「いいよ、別に。だけどもうそんなもの読まなくてもいいんじゃない?」
「え。やっぱ怒ってるのか?」
「そうじゃないよ。サクには私がいる。したいならエッチなことも、SEXもしてあげるってこと」
「お、おう……」
一切言葉を濁すことなく言い放ったハクに、サクは顔を赤くしながら口ごもってしまう。紳士モードになっていたとはいえ、さすがに恥ずかしかった。
2日前の一件以来、ハクはサクから全く離れようとしなかった。さらに繋がり深めて『創造主』のような強大な敵にも対応できるようになりたいからだと本人は言っていたが、単純にサクとずっと一緒にいたいという思いは誰から見ても丸わかりだった。
それは風呂に関しても例外ではなく、昨日の夜は一緒に入った。それはそれは素晴らしい女体を堪能させてもらったが、サクがのぼせてしまってその後が大変だった。
傷は癒えたが、精力的な面では常に追いつめられているような感じがしてならないサク。先ほどの発言がさらにそれを助長し、サクは静かに内股になっていった。そんなサクを見てイヤサは必死に笑いを堪えつつ、残っていた夜食のポテトチップスを口に運んだ。
気を紛らわせるためにサクもそれに手を伸ばそうとしたとき、部屋の壁に設置されていた時計から深夜を告げる鐘が鳴り響く。夢中になっていたとはいえ、こんなに遅い時間になっているとは思っていなかった。
手に取ったそれをサクは口へと放り込むと、サクは立ち上がった。今日寝泊まりするのはフォードゥン家の屋敷ではなく、このカーボン城の一室。明日のことに備えてのイヤサが用意してくれたのだ。
「遅くなったし、そろそろ行くわ。それじゃ、明日会おうな、イヤサ」
「ああ。世話になった。ゆっくりと休んで、明日に備えてくれ」
「ほい、ほーい」
返事を返しつつ、サクはハクと一緒に部屋の扉へと向かった。それを開き、外に出ようとしたときにイヤサが話しかけてくる。
「もしもの話だが、また私が操られたときには、躊躇することなく私を攻撃してほしい。大切な人々を傷つけるなど、私には耐えられない」
「大丈夫だ、イヤサ。その時はまた助けてやるよ。心配なんてするな」
覚えていないとはいえ、操られて多くの被害を与えたことをイヤサはまだ悔やんでいるのだろう。一国の王である彼の優しさは、その発言から十分に理解することができる。
だからこそ、サクは簡潔に答えた。あの時と同じように、自分なりに。それが一番伝わりやすいはずだと思ったからだ。
振り返ることなく、サクは廊下へと出た。その扉が閉まりきる直前、イヤサの最後の一言が聞こえてきた。
「ありがとう」
それを聞いたサクは、満足そうに笑みを浮かべながら廊下を歩き出した。その横をハクも嬉しそうに歩いていく。
サクたちが泊まる部屋がある階へはエレベーターですぐに向かうことができる。乗り込んだその中でまだ慣れないハクがサクに寄り添ってくるが、先ほどの発言も影響した結果ムスコがとても元気になっていた。
ちんポジは調整済みだが、ここまでになると最早内股も意味をなさない。諦めたサクは隠すことを止め、逆に堂々としながら部屋へと向かうことを心に決めた。
目的の階へと到着したエレベーターから降り、部屋へと向かう。その間で廊下の窓からは美しい月明かりが差し込み、綺麗な星空も確認できた。ふと、サクはそれとは反対方向で一緒に歩くハクに視線を移した。
自然の美しさとは違う、別格の美しさがそこにはあった。相も変わらずドストライクなその姿にサクが無意識のうちに見惚れていると、こちらに気づいたハクが優しく微笑んできた。
「どうしたのサク?」
「い、いや。何でもない」
「そう。あ、着いたね」
サクが上手く返答できずに恥ずかしがっていると、2人は部屋へと到着した。予め渡されていた鍵を使って中に入ると、広すぎると言える部屋が扉の向こうには広がっていた。
風呂やトイレなども完備。何一つ不自由のないその内部にサクが満足していると、ハクが突然後ろから抱き着いてきた。
いきなりのことで驚きながらも、柔らかくて暖かいものを背と後頭部から感じて鼓動を高鳴らせるサク。一体どうしたのかと疑問をぶつけるよりも早く、ハクは話しかけてきた。
「いよいよ、明日だね」
「だな」
「帰ってくるんだよね?」
「当たり前だろ。今の俺の居場所はここだ。こここそが、俺の帰るべき場所だからな」
「……うん」
嬉しそうに頷くハク。安心してくれたことを体と繋がっている心を通して感じ取り、サクも安心していた。
明日早朝、サクは一度だけ元の世界へと転移することが決まっていた。これは、サクが元の世界へ最後の別れを告げに行くためにカノンが用意してくれた措置だった。
『創造主』がまたこの世界に来るかも分からないため、繋がっている道を完全に閉じることが決定した。道が閉ざされるのは一週間後。それまでの間を利用して、自らの体に残る元の世界の因子を頼りにサクは旅立つ。
しかしながら、向こうとこちらでは時間の流れに差異があるために長居はできない。最悪の場合、道が閉ざされて帰ることが出来なくなってしまう可能性がある。
無視できない危険はあるが、行けるのであればサクが選ぶ道は一つだった。ほんの少しであっても、これまでの感謝の言葉を伝えたい存在がそこにいるからだ。
ハクを感じつつも、思いを巡らせるサク。期待と少しの不安はハクに気づかれてしまったようで、体に回された腕の力が強くなっていった。
大丈夫だということをサクは伝えようとしたが、予想外のハクの行動が心の中を戸惑い一色に染め上げた。抱き上げられたサクはそのままベッドの方へと連れていかれ、そこへ投げ飛ばされたからだ。
ふわふわなそこでバウンドしながらも体を反転させて止まるサク。見下ろすハクの手は仰向けのサクの顔のすぐ横に置かれ、綺麗な金色の瞳は真っ直ぐにサクを見つめていた。
「それじゃあ、サク。SEXしよう!」
「おおん!? ど、どうしたハク。久しぶりに積極的じゃないか?」
「だって久しぶりの2人っきりだし、しばらく会えないかもしれないんだよ?」
「ま、まあそうだけども……」
「サクが気持ちよければ私も気持ちいい。大好きなサクに、私をもっともっと好きになってほしいの」
「……ふう。分かった。しよう、ハク」
ここまで迫られて拒否するなんてできないし、正直に言ってムスコが大賛成している。荒くなる呼吸を整え、サクは同じように真っ直ぐとハクを見つめた。
お互いの好意が心からだけでなく、体を通してもしっかりと感じられた。しばらく見つめあった後、サクは静かにつぶやいた。
「……愛してるぞ、ハク」
「私もだよ、サク!」
※
お互いの気持ちを再確認した夜が明け、朝が来る。広場には爽やかな朝日が降り注ぎ、心地よい風が吹き抜けていた。
その広場の中心には、サクがいた。足元には複雑に作りこまれた魔法陣が描かれ、各所にはそれの動力源となる魔鉱石が機材に組み込まれている。
サクの服装は、この世界にやってきたときのそれだ。上半身の寝巻はアイリスが取っておいてくれており、新たに作る手間が省けた。それらの各部をサクが最後の確認を行い始めると、元気な声が飛んできた。
「あたしはこの後帰っちゃうけど、絶対に会いに来なさいよー!」
「分かってるってレーナ。楽しみに待っとけよー」
見守る観衆の中から声をかけてきたのはレーナ。『創造主』との戦いで手を貸してくれた後も、これまでの間復興に手を貸してくれていた。今日、サクを見送った後にスモークへと帰ることが決まっているらしい。
レーナ以外にも、復興に協力したブレーム商会の面々やイヤサなど、見知った顔がサクを送り出すために集まってくれた。人が多いのが苦手なサクであっても、これなら問題はない。
サクを鼓舞するいくつもの言葉が投げかけられる中で、手元の時計で時刻を確認したカノンが視線を送ってきた。どうやら、その時が来たようだ。
カノンが手に持っていたリモコンに触れると、各所の機材が稼働を開始した。そこから供給された魔力が魔法陣へと流れ込み、輝きを放ち始める。
大丈夫。行って帰ってくるだけの簡単な旅路だ。深く考える必要なんて、どこにもない。はず。
その時が迫り、緊張し始めたサク。治まりそうにない鼓動は大きくなり続け、口から何もかもが飛び出しそうに感じられた。そんなサクに対し、真っ直ぐで一際明るい声が向けられた。
「サク~!!」
観衆の最前列に乗り出したハクが、こちらに向けて両手を振りながら叫ぶ。綺麗で、可愛らしいその姿を見たサクの心には明るい輝きが広がっていく。
「行ってらっしゃ~い!」
「おう! 行ってきま~す!」
負けじとサクが叫び、手を振り返す。それによって観衆から歓声が上がる中で、サクの目の前は真っ白なものへと変わっていった。
ハクや観衆の姿は消え、白く光り輝くトンネルのような場所にサクは立っていた。出口だと思われるところの向こう側には、ぼやけたどこかの景色と思われるところが確認できた。
ここが世界と世界の間にある道のような場所か。そう自分で納得しながら、とりあえずはその出口へと向けてサクは歩き出した。
近づくにつれ、サクは向こう側からとても懐かしいものを感じ取ることができた。そこにある空気を、雰囲気を、人々をサクは知っている。
緊張はどこかへと消え、サクの心の中はその先へと行きたいという明るい欲求で満たされていた。その足が、出口の向こうへと到達した瞬間、サクの目の前にはあまりにも見慣れ過ぎた光景が広がっていた。
「ここは……、『高望山』の頂上か。……帰ってきたんだな、俺」
山というよりか丘に近い場所。散歩で何度も来たことのあるそこで、サクは生まれ故郷、『高天望町』を見渡していた。




