60 俺がお前でお前は俺で
小さすぎず、大きいとも言えない静かな田舎町。北関東の山沿いに存在するひっそりとしたここは、晩年をゆっくり過ごしたい人に人気が出ているとかいないとか。
夏の日差しが照り付ける中で変わることなくいつもの日常が流れているのをサクは眺めつつ、自宅の位置を確認した。二階建てのそれは住宅街の中にあるはずだ。
「あったあった。って、んん?」
自宅を発見したのはいいが、住宅街の一番外側の部分に見慣れぬ住居が建っていたことにサクは驚きの声を上げた。サクの家の2、3倍に匹敵するその洋風の家があったところには、廃屋があったはず。それを取り壊して作ったのだろうが、他とは別格の豪勢な雰囲気を発しているのがここからでもよく分かった。
こんな田舎町にやってくるとは物好きがいたものだ。名産はなく、ここを出身とした有名人もいない。唯一誇れるのはかなり昔から続く髪飾りの技術だけ。それ以外には目だったものはないのが現状だが、そんなひっそりとした感じが個人的には大好きだ。
もしかして俺と同等の物好きでも来たのかと考え、サクは少し笑ってしまった。一人で笑っても、人があまり来ないここであればその声が聞こえないと思っていたが、甘かった。
「えっと……、冴久さん……っすよね?」
「おおっと、聞かれちゃったか」
背後から投げかけられた声に少し驚きながら振り向く。そこには、中学生ぐらいの見覚えがある少年と、その背後に隠れる少女がいた。
声をかけられたものの、少年の名が思い出せないサク。目の前の少年の友人でもあり、幼いころから知っている近所の良友、『木梨隼人』がいないかと彼らの背後を見てみるが、姿は確認できない。
隼人であればその場のノリでこの少年の名前を聞き出すことができたが、それは厳しそうだ。いつも一緒にいるのを見るのに、今日に限っていないとは。
とりあえず名前は分からなくても、適当に挨拶してこの場を去った方がいい。カノンから町での接触は必要最低限に抑えるようにと念を押されていたからだ。
「『雨京』、この人は誰?」
「近所に住んでる實本冴久さん。隼人と仲がいいんだ。心配しなくていいぞ、『マリー』」
「分かった。よろしくです、冴久さん」
そういって背後から身を乗り出し、『マリー』という名の大きい帽子をかぶった少女はこちらに向けてぺこりと頭を下げた。可愛い。碧色の瞳を持っていることから、パッと見で日本人ではないということもすぐに分かった。
マリーが呼んだことでサクははっきりと思い出した。『風間雨京』。某伝説の決闘者の苗字と某刑事ドラマの登場人物に似た名前。
これであればスムーズに去ることができるが、サクは名前以外にも忘れてはいけないあることを思い出していた。それを要求することを視野に入れつつ、会話を進めていくことにした。
「ちょっと散歩で来たんだ。お2人さんはもしかして、お散歩デートの最中?」
「ま、まあそんなところですかね」
「ほう、俺よりも下なのによくやるね~。ささ、お邪魔虫は早めに退散しますか~」
中学生でそういった関係を持つとは。まあ見た目もそれなりだし、こちらがとやかく言うことではない。少し前の自分だったら羨ましいと思えただろう。
足早に階段の方へと動き始めたサク。雨京の真横に到達したところで、マリーに聞こえないように耳打ちした。
「貸してたあれ、後で返してくれないか?」
「隼人経由で借りたDVD付きのやつですよね。分かりました。後で持っていきます」
「頼んだぞ。それじゃ」
「はい」
彼らのその行動にマリーは不思議そうな目で見守っている。男の子にとって大切なお話だが、マリーに聞かれるのは避けたい雨京にとってサクの行動はありがたいものだった。
秘密の会話を終えたサクは満足しながら進み、階段を下りて行く。雨京とマリーの視線は、サクの姿が見えなくなるまで向けられ続けていた。
これにてすっきり。自分自身はあの本をもう一度楽しむことは出来ないが、この世界の俺であれば楽しめる。それなりにお気に入りだったから、返ってくるのを待っていた。あれは、いいものだ。
上機嫌なサクは最後の一段を下り、山の名が刻まれた石碑が設置されている出入り口を抜けてあっという間に町の道路へと到着した。アスファルトからの熱で上下から熱気に襲われる中、とりあえず時計が設置されている商店街近くの公園を目指すことにした。
終盤に差し掛かった夏休みを楽しんでいる子供たちが、自転車に乗って通り過ぎていく。サクとは逆方向に向かったということは、恐らく目的地は郊外にあるイオンだ。あそこであれば子供でも楽しめるものがそれなりにある。サク自身も親に連れられて何度も行ったことがある。
いいねえ。青春してるねえ。自らもまだ若いのにも関わらず、おっさんのようにしみじみと心の中で感想を述べるサク。そんな感じで町の中を歩いているサクだったが、何か違和感を背後から感じ取った。
(……?)
誰だかは分からないが、尾行されている。吸血鬼化し、鋭くなった感覚で背後について回る存在のおおよそ位置を把握した。絶妙な距離感を保ち、時々塀の陰に隠れたりしながら付いてきている。
こんな冴えない奴を狙うとは一体どういう考えを持っているのか。というかこの町はそんなに物騒なところではないはずだ。どうしたらいいか迷っていると、次の曲がり角の所から天の助けが現れた。
「おう、冴久じゃねーか」
「あ、おっさん。こんちわー」
「相変わらず暇そうにしてるな。まあ、俺もだけどな」
この町の交番に勤務している警察官のおっさん、『倉本泰』だ。自転車に乗りながらのいつも通りの昼間のパトロールに出くわしたようだ。
自らの持つ『幸運』が作用してくれたのかもしれない。便利な恩恵を与えてくれたことに心から感謝しつつ、吸血鬼化を解除したサクは泰に駆け寄る。そして、現在の状況を伝えるのだった。
「おっさん、なんか俺誰かから尾行されてんだけど、どうしよう」
「尾行? お前が? あり得ないだろ」
「これが本当なんだよ。ちょっと後ろ注意してみてくれ」
サクの言ったことが信じられない泰は、自転車から降りてサクの横を歩きながら冗談半分で背後をちらりと見てみた。するとそこには、町の人ではない男性がこちらの視線を気にしながら近づいているのを確認できた。
これは本当にまずい。そう判断した泰の表情は優し気なものから真剣なものへと変わった。いつもは見ることのないそれにサクが心の中で驚いていると、泰は小さな声で話しかけてくる。
「いつからだ」
「ついさっき。気づいたらいた」
「何か心当たりは」
「全く。何が目的なのかもさっぱりだよ」
「よっしゃ。分かった。ここは任せて、お前は散歩を楽しんできな」
「恩にきるぜおっさん。後で秘蔵のコレクションから何か貸してやるよ」
ここぞというときに頼りになるおっさんってかっこいいと思う。サクと泰は目くばせをした後、それぞれに行動を開始した。
サクは少し歩みを速めると泰は自転車に乗って先へ行き、次の十字路を右に曲がって姿を消した。早歩きの中で再び吸血鬼化したサクが背後の存在がまだ付いてきているのを確認し続ける。
こちらが一人になったことに安心したのか、少し距離を詰めて尾行を続ける見知らぬ存在。それを感じ取りつつ、サクは十字路を過ぎていった。尾行する存在もその十字路を超えようとしたその時、声がかけられた。
「はい、止まりなさい」
「!」
死角となる角に待機していた泰が、サクを尾行する存在を止める。それを確認したサクは感謝しながら、目的地である公園へと向かっていった。
※
自転車から降りた泰は、目の前に立つ男を頭から足の先まで観察する。屋外なのだが、身に纏っているのは科学者などが着るような純白の白衣。栗色の短髪に赤い瞳をしていることから、日本人ではないということがすぐに分かった。
少し変わった雰囲気だが、これまで多くの人と関わってきた泰の勘は彼が悪人ではないとしていた。それなりに当たる自らのそれを信じながら、とりあえず何故尾行していたかを問いただしてみることにした。
しかし、開く寸前になった口は止まった。もしかして日本語通じないのではないだろうか。少なくとも、この田舎町でゆるーく仕事をしていた泰にとって英語は全く使う機会が無ければ、まともに話すこともできない。
先に無線で応援でも読んでおくかとも考えたが、交番にいる同僚も英語など話せない。どう行動するかを決めかねていい年のおっさんが口をパクパクさせていると、その様子を見た男は笑みを浮かべた。
「大丈夫。私は日本語がしゃべれるぞ」
「お、おお。そりゃ助かる」
その口から放たれた聞き慣れた言語に胸をなでおろす泰。片言ではなく、とても綺麗に男は日本語を話していた。
そうなのであれば話は早い。手っ取り早く一体何を目的としていたかを泰は聞き出そうとする。だが、気づいた時には体の言うことがきかなかった。
困惑する泰だが、その感情は徐々に薄れていく。何も考えられなくなって呆然としていると、男は泰の目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたは何も見なかった。いつも通りのパトロールへ戻る。本日もこの田舎町に異常は無し」
「あなたは……、いつも通り……、本日もぉ……」
男の告げたことを泰はぼそぼそと繰り返し始めた。何度かつぶやいた後、おもむろに自転車にまたがるとそのまま走り去ってしまう。泰は自らとは違う意思で、いつもの順路へ戻って行ってしまった。
泰が遠ざかっていくのを確認した男は、すでに見えなくなっていたサクの方に顔を向ける。そして、大きくため息をついた。
「ばれていたか。『 』。」
男のその発言から、とある人物の名の部分だけが発音されなかった。意図的にやっているのではない。どうやったとしてもこうなってしまうのだ。
ここにいたはずの存在なのだが、もうこの世界の存在ではない。そんな彼の後を追うため、男はセミの鳴き声が響く夏の田舎町の中を進んでいくのだった。
※
暑い。普通に暑い。始めは感動のためか感じなかった日本の夏がサクの精神にじわじわとダメージを与えていた。
3分ほど歩いて公園に到着し、とにかく何か飲みたい欲求に襲われてサクは水飲み場へと急いだ。時間を確認するよりも、水分補給の方が大切。熱中症には気を付けなければいけない。
汗を垂らしながらサクが数人の子供たちが遊ぶ公園の中を進んでいくと、水飲み場には先客がいた。捻った蛇口から流れ出る水をがぶ飲みしている。
早く代わってほしい。サクは切に願っていると、満足した同じぐらいの背丈の男子は水飲み場から離れる。ようやく回ってきた順番に喜び、サクは前の人と全く同じような感じで水を飲み始めた。
こういうところで飲む水って何故か美味しく感じる。満足したサクは小さいころからお世話になっている水飲み場から離れた。アイリスに手渡されたハンカチがポケットに入っていることを忘れ、いつもの癖で上着の袖で口を拭う。
生き返ったならばすぐに行動に移らねばならない。サク時刻の確認のために公園の中央付近にある時計塔へと視線を移そうとしたが、それは途中で止まってしまう。
「「……え゛」」
ほぼ同時に驚きの声を上げた。視線の先には自分がいる。同じように濡れた口を拭いた袖口が濡れており、奇跡的に全く同じ服装だった。
背丈が同じどころではなかった。彼は、俺だった。今、この世界で生きている『實本冴久』が、サクの目の前にいる。
状況が理解できずに唖然としている冴久。サクも混乱していたが、必死にどう対応するかを脳内で考えていた。まさか、こんなにも早く出会うとは完全に予想外だった。
一秒が一分にも感じられる状況の中、先に口を開いたのはサクではなく、冴久だった。
「……好きな月刊誌の名称は?」
「『月刊巨乳エクスタシー』。発売日は毎月20日。近くのコンビニだと日付が変わる二時間前から置いてくれるから、早く自家発電したい場合はそこへ直行」
「父と母の名は?」
「『雄太』、『茜』」
「秘蔵フォルダのパスワードは?」
「『kyonyu-tte,subarasi-(巨乳って、素晴らしい)』」
「紳士?」
「イエス、紳士」
その素早い受け答えの後で2人は無言のまま、紳士であり、まごうことなき自分と固い握手を交わしていた。
冴えない半開きの目に、ぼさぼさの黒髪。夜更かしをしていたために身長はそれほど高くない。しかしながら、その内には性に対する凄まじい向上心が存在している。
2人にお互いを疑う気持ちはなく、心の中はとても晴れやかで爽快な思いで満ち溢れていた。これほど気が合う存在は他にはいない。目の前のお前は、俺なのだから。
「元気そうだな、冴久!」
「お前こそ、元気そうだな、俺!」
全く同じ容姿の男子2人が楽し気にしているのを公園で遊んでいた子供たちは不思議そうに見守っているのだった。




