第六話:父と母の正体
先生は少し遠くを見るような目をして語り始めた。
「……ノア。あなたの父と母の話をする前に、ひとつ昔話をさせてね」
俺は黙って頷く。
「十五年前、この村に四人の放浪者が現れたの。
服はボロボロで、生きているのが精一杯という様子だったわ。
それでもとても謙虚で、“少しだけ食べ物を分けてもらえませんか”って丁寧に頭を下げてきたの」
先生は懐かしそうに微笑む。
「私はそれに応じたわ。素行もよくて、優しい雰囲気の人たちだったから。
話を聞くと行くあてもないらしくてね。だから村を案内して滞在を勧めたの。
四人は本当に嬉しそうで、この村で暮らすことにした」
俺は静かに耳を傾ける。
「四人はすぐに仕事を見つけて励んでいたわ。
二人は農業、二人は村の護衛。どちらも真面目で、すぐに村に馴染んだの」
先生は少し息を整える。
「そんなある日、私は尋ねたの。“あなたたちは何者なんですか?”って。
するとね、彼らは静かに答えたの。“僕らは……堕天した天使なんだ”って」
胸が一度跳ねた。
「私は驚いたわ。あんなに優しい人たちが神様を裏切ったなんて。
怖くて、それ以上は聞けなかった」
空気がゆっくり変わる。
「その後、護衛をしていた二人のうち一人は東へ、もう一人は西へ旅に出た。
理由は言わなかったけれど、“やるべきことがある”とだけ言ってね」
先生は俺を見る。
「残った二人は農業を続けながら静かに暮らした。
そして――子どもを産んだの」
優しく微笑む。
「それが、あなたよ。ノア」
胸の奥が強く揺れた。
父と母。
優しくて、笑っていて、俺を抱きしめてくれた二人。
その二人が――堕天した天使。
先生は続ける。
「だからね、ノア。あなたの出生はこの村の誰よりも特別なの。
そして……今年のスキル鑑定で“魔王が現れるかもしれない”と言われている理由も、そこにあるのよ」
空気が静かに変わっていく。
先生は言葉を止め、俺をまっすぐ見つめた。
「……ノア。あなたの両親は、本当に優しい人たちだったわ」
胸の奥がゆっくり熱くなる。
堕天した天使の両親。
村の真実。
魔物の異常発生。
魔王の可能性。
全部が一本の線で繋がってしまった。
自分の魔力の異常さ。
幼い頃から感じていた違和感。
出生の秘密。
それらが“形”を持ってしまった。
(……もしかしたら、俺は魔王かもしれない)
怖さよりも、覚悟として胸に落ちた。
「……先生」
先生が顔を上げる。
俺は逃げずに言った。
「もし俺が魔王だったら……先生が俺を止めてください。
世界を壊す存在になるなら、その前に終わらせてほしい。
俺は……誰も傷つけたくない」
先生は息を呑む。
「ノア……あなた……」
俺は続ける。
「自分の力が怖い。でも逃げる気はない。
もし俺が“魔王”なら、その責任は俺が背負うべきだと思う」
先生は強く首を振る。
「ノア……そんな覚悟、あなた一人が背負うものじゃないわ。
あなたは優しい。誰よりも優しい。
だからこそ……自分を脅威だなんて思わないで」
肩にそっと手が置かれる。
「もし世界があなたを魔王と呼んだとしても……私はあなたを守る。
あなたを殺すなんて、絶対にしない」
その言葉が胸に深く落ちた。
俺は静かに頷く。
村はいつも通りだった。
魔物の大量発生にはみんな気づいていて、畑の被害や家畜小屋の修理の話があちこちで聞こえる。
不安はあるけれど、誰も騒ぎはしない。日常は止まらない。
ただ――先生だけが俺を心配していた。
「ノア……何かあったらすぐ言うのよ」
その言葉が胸に残る。
数日が過ぎ、村は鑑定日の準備で少しだけ賑やかになった。
子どもたちはそわそわし、大人たちは笑いながら話している。
そして鑑定当日。
村の中央の教会に人が集まる。
先生だけが、少しだけ緊張していた。
一人ずつ水晶の前に立つ。
――鑑定が始まった。




