第二十六話:魔王vs群衆の王
黒い魔力が体の奥から噴き上がった。
溢れた魔力が渦を巻き、俺の周囲を包み込む。
視界が暗く染まる。
瞳がゆっくり黒へと変わり、皮膚の下で血管が浮き上がる。
魔力が暴れ、骨が軋むほどの圧が走る。
「……ッ……!」
唸りながら魔力を押し込む。
暴走しそうな力を、無理やり自分の形に収める。
黒い魔力が体を覆い、
“魔王の姿”が輪郭を持ち始めた。
空気が震えた。
森が沈黙し、地面が黒く焦げる。
体の奥から湧き続ける力が、全身を満たしていく。
ベルゼブブが一歩前へ出た。
黒い霧が揺れ、影がざわりと広がる。
「……そうか。」
低い声が森に落ちる。
「貴様は――魔王であることを選んだんだな。」
影が地面を飲み込み、森全体が黒く染まる。
「ならば、群衆の王として――貴様を殺す。」
空気が裂けた。
黒い魔力をまとった俺に向かって、ベルゼブブの影槍が一斉に伸びる。
森が黒い線で切り刻まれるように沈む。
ベルゼブブの影槍が地面を走る。
一本一本が生き物のように軌道を変え、ノアの足首を狙う。
ノアは魔力を脚へ流し、凄まじいスピードで避ける。
影槍が空を切り、土が細く裂けた。
ベルゼブブが腕を振る。
影が鞭のようにしなり、ノアの側頭部を狙う。
ノアは首をわずかに傾け、避ける。
鞭の軌道を読み切っている。
通り過ぎた影の鞭をノアの拳が叩く。
影が潰れ、霧が散る。
ベルゼブブの目が細くなる。
言葉はない。
ただ影が増える。
影槍が五本、ノアを囲むように突き出される。
ノアは一歩も引かない。
一本目を腕で受け流し、
二本目を拳で折り、
三本目を肩を落として回避し、
四本目を足払いで弾き、
五本目は肘で砕いた。
影槍がまとめて崩れ落ちる。
ベルゼブブの目がわずかに見開かれる。
「……ッ」
短い焦り。
群衆の王が初めて“守り”に入った。
ノアは距離を詰める。
魔力が掌へ集まり、黒い膜が濃くなる。
ベルゼブブは影の盾を展開する。
厚い影の壁がノアの前に立ちはだかる。
ノアは拳ではなく、掌を前へ向けた。
黒い魔力が一点に凝縮し、空気が沈む。
ベルゼブブが影を補強する。
だが、焦りで形が歪んでいる。
ノアが低く呟く。
「《冥断》」
黒い線が、
影の盾を“静かに”切り裂いた。
ベルゼブブの胸を黒い閃光が貫く。
影が崩れ、ベルゼブブの体が後ろへ押し返される。
霧が散り、地面に黒い裂け目が残る。
ベルゼブブは膝をついた。
呼吸がわずかに乱れる。
その呼吸には、
明確な敗北の色が混じっていた。
「いつかお前を絶望の底に落とす」
それだけ言い残して、森の奥へ消えて行った。
ノアはまだ余力を残している。
「……これが強さか」




