第二十四話:それぞれの道へ
しばらく泣いた後、ラザンはノアの前に立ち、短く言った。
「……ノア。
どうしたい?」
目はまっすぐ僕を見つめる。
「強くなりたいなら僕と来る。
静かに生きたいなら、アリアたちと過ごす。
決めるのは君だ。」
ノアは息を吸い、アリアとリオラを見る。
二人は何も言わない。
ただ、ノアの答えを待っていた。
胸の奥がじりじりと熱い。
「……強くなりたい。」
アリアのまつげがわずかに揺れた。
リオラは視線をそらす。
アリアはノアの肩にそっと触れた。
笑顔は引きつっている。
リオラはノアの背中を軽く押す。
「強くなれ。」
押す手がほんの少しだけ長く残る。
ノアは二人を見た。
言葉が浮かんだが、喉で止まる。
代わりに、深く頭を下げた。
アリアは微笑む。
泣かない。
涙はもう瞳を覆っている。
リオラは陽気に手を挙げる。
でも、指先が少し震えていた。
ノアは小さく息を吐く。
「……また会いましょう。」
アリアは静かに頷き、
リオラは顎を上げる。
三人とも寂しさを見せない。
一生の別れにならないように。
二人は扉の方へ歩き出す。
二人は一度も振り返らなかった。
きっと振り返ったら、気持ちが崩れてしまうから。
扉が閉まる音が、ラザンの家に静かに響いた。
アリアとリオラの気配が消える。
火のはぜる音だけが残った。
ノアはその場に立ち尽くしたまま、息がうまく入らなかった。
胸の奥がきゅっと締まる。
二人の背中が頭の中でゆっくり遠ざかっていく。
膝が落ちた。
床に手をつく。
肩が震える。
声は出ないのに、涙だけが勝手に落ちた。
ラザンは少し離れた場所で立っていた。
近づかない。
何も言わない。
ただ、ノアが泣き終わるのを待っていた。
火の音だけが、部屋に残っていた。
ノアはしばらく泣き続け、
やがて呼吸がゆっくり戻っていった。
涙が止まると、ラザンが短く言った。
「……今日は休め。」
ノアは頷き、床に座り込んだ。
そのまましばらく動けなかった。
翌日も、家の中は静かだった。
ラザンは必要なものだけを用意し、余計な言葉を挟まない。
ノアもほとんど話さず、火の揺れをぼんやり見つめていた。
二日目の夜。
長い沈黙のあと、ノアがふと口を開いた。
「……村を出る前、先生に言われたんです。」
ラザンの手が一瞬だけ止まる。
けれど、顔は向けない。
「湖のほとりにいる堕天使を頼れって。
きっと……あなたのことだったんでしょう。」
火の光が揺れ、影が壁に伸びる。
「先生は……ラザンさんのこと、誰よりも信頼してたんだと思います。」
ノアは少し息を吸った。
胸の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなる。
「僕も……同じようにラザンさんを信頼しています。
あなたは……孤独なんかじゃない。」
ラザンはゆっくり息を吐いた。
それだけ。
言葉は返さない。
火に照らされた横顔は、
ほんの少しだけ柔らかく見えた。
三日目の朝。
ノアはゆっくり立ち上がった。
体の重さが、少しだけ軽くなっていた。
胸の奥の痛みも、少しだけ薄くなっていた。
ラザンが近づく。
「……行けるな。」
ノアは頷いた。
その頷きは、初日とは違った。
ラザンは扉を開ける。
外の空気が静かに流れ込む。
「ついてこい。」
ノアは家を出て、ラザンの背中を追った。
森の奥へ進む。
風の音が少し冷たく感じる。
しばらく歩くと、小さな木の小屋が現れた。
静かで、誰もいない。
ラザンの家とは違う、ひとりで向き合うための空気があった。
ラザンは扉に手をかける。
「ここで暮らす。
修行の間は、ここが君の場所だ。」
扉が静かに開いた。
ノアは一度だけ空を見上げた。
アリアとリオラの姿は、もう見えない。
けれど、胸の奥に残っていた。
ここから、修行が始まる。




