第一九話:この世界のルール
森の空気が張りつめる中、
リオラが突然叫んだ。
「――あいつだ!! アリア、離れろ!!」
アリアは反射的にノアから距離を取る。
リオラの声は、戦場で聞いたどんな怒号よりも鋭かった。
フードの人物はゆっくりと動きを止め、
静かにフードを外した。
現れたのは――
中年の男。
その顔を見た瞬間、リオラの表情が歪む。
「……なぜ魔物を操作して人里を襲っていた!」
男は淡々とした声で返す。
「気づいていたよ。
君は僕の後を追いかけてきてたね、ずっと。」
リオラは剣を握りしめ、怒りを押し殺す。
「貴様……!
何故そんなことをした!」
男は軽く首を振った。
「操ってはいないよ。
ただ……“そうなる場所”にいただけだ。」
アリアが息を呑む。
「どういうことだ!!」
男はノアへ視線を落としながら、静かに言った。
「君たちは、世界が“自然にそうなっている”と思っている。
物が下に落ちる。磁石がくっつく。魔法が使える。すべてそういうものだと受け入れている。
でもね……"自然に見える"ようにしてるんだよ。」
リオラは眉をひそめる。
「"自然に見える"……?」
男は続ける。
「魔物が暴れる理由も、
魔王が生まれる理由も、
勇者が現れる理由も……
さらに言えば生物が生きていること、死ぬことも全て
全部“そう見えるようになっている”。
どうしてそうなったとか……
そんな話じゃない。」
アリアは理解できず、震える声で問う。
「お前の仕業じゃないのか……?」
男は短く答えた。
「魔物が暴れるのは"世界の仕組み"だ。」
リオラが息を呑む。
「仕組み……?」
「そうだ。
そしてそこにいるノアはその仕組みの"始まり"だ。」
空気が凍る。
「何を言ってる……
貴様は何者だ!」
男はゆっくり振り返り、
静かに名乗った。
「僕は――堕天使だ。」
そして淡々と告げる。
「助けたのは君たちのためじゃない。
僕のためだ。
刃向かうなら殺す。
大人しく治療を受けるんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、
アリアが前へ踏み出した。
「そんなの……従えるわけない!!
ノアくんに何をする気なんですか!!」
杖を構え、魔力が一瞬で膨れ上がる。
光が集まり、空気が震える。
男は微動だにしない。
「やめておきなよ。
君では僕に触れられない。」
アリアがさらに魔力を高めようとした――
その腕を、リオラが掴んだ。
「アリア、やめろ。」
アリアは振り返る。
「離してください!!
ノアくんが危ないんです!!」
リオラは悔しさを押し殺した声で言った。
「……分かってる。
でも、私たちは勝てない。」
アリアの魔力が揺らぐ。
「そんな……!」
リオラは目を逸らさずに続ける。
「戦場で見ただろ。
あいつは……私たちが気づく前に三人を転移させた。
素性は分からない。
でも――確実に、私たちより上だ。」
アリアは唇を噛む。
「……でも……ノアくんが……」
リオラは静かに首を振った。
「ノアを守るためなら、従うしかない。
今ここで戦ったら……全員死ぬ。」
アリアの魔力がゆっくりと消えていく。
肩が震え、悔しさが滲む。
「……悔しい……」
堕天使の男は二人を見て、
淡々とした声で言った。
「賢い判断だ」




