第一話:初めての学校
時が流れ、俺――ノアは五歳になった。
お父さんは土の魔法で畑を耕し、
お母さんは水の魔法で家のことを手伝ってくれる。
二人とも優しくて、毎日が穏やかだった。
ただひとつだけ、俺には悩みがあった。
魔法が、使えない。
胸の奥の“揺れ”はずっとあるのに、
光も風も水も、何ひとつ動かない。
(どうして俺だけ……
でも、焦っても仕方ないか)
そう自分を落ち着かせながら、
俺は村の小さな学校へ向かった。
---
学校は木造の小さな建物だった。
子どもたちの声が響いている。
先生が大きな木箱を持ってきた。
「今日は魔力量の測定をします。
手をかざすと光りますから、順番にやりましょう」
子どもたちがざわつく。
「ミリア様は絶対すごいよね」
「領主の娘だし」
前に出たのは、栗色の髪を結んだ女の子――ミリア。
先生が言う。
「ではミリア様、お願いします」
ミリアが手をかざすと――
測定器が、眩しい白光を放った。
「うわっ!」
「すご……!」
先生が目を丸くする。
「こ、これは……村で見たことのない数値です……!」
ミリアは照れたように笑った。
「そうかな」
---
次は俺の番だった。
「ノア、前へ」
測定器の前に立つ。
胸の奥が少しだけ揺れる。
(俺も……少しくらい光るかな)
期待しながら手をかざした。
その瞬間――
測定器が、
“バチッ!”
と音を立てて黒煙を上げた。
先生が慌てて測定器を確認する。
「こ、これは……故障……?
昨日まで普通に使えていたのに……」
周りの子たちがざわつく。
俺は静かに手を引っ込めた。
(壊したくて壊したわけじゃないのに……
どうしてこうなるんだろ)
「……緊張したからかな……」
声は落ち着いていた。
---
チャイムが鳴り、先生が黒板に大きな地図を描いた。
「今日は“世界の三つの大きな領域と歴史”について学びます。
とても重要です」
子どもたちがざわつく。
「まず――西の国。
人間たちが暮らす大きな王国です。
広い農地と街があり、魔法学校もあります。
私たち人間の文明はここで発展してきました。
次に――東の国。
魔物たちが支配する領域です。
未発見のことが多く、奥地に踏み入れたのは勇者パーティーのみです」
ミリアが小さく息を呑む。
「そして最後に――南の未到の地。
誰も踏み入ったことがない。
地図にも描かれていない“空白”です」
教室がざわつく。
「そんな場所あったんだ」
「知らなかった」
先生は静かに頷いた。
「そしてこの二つの国は、
最強の者がそれぞれ千年周期で統治しています。
その名を“魔王”そして“勇者”といいます」
教室内で声が飛び交う。
「魔王と勇者って本当にいたんだ」
「俺勇者になりたい」
先生が続ける。
「勇者は主に剣技や体術を使って戦います。
身体能力が高く、魔力よりも“技”で戦うのが特徴です」
ミリアが小さく頷く。
「魔王はその逆で、強大な魔法を使って戦います。
世界を揺るがすほどの魔力を持つと言われています」
子どもたちが騒ぎはじめる。
先生は少し声を落とした。
「そして……千年周期で現れるという計算では、
そろそろ“次の勇者と魔王”が現れる頃です」
教室が静まり返る。
胸の奥の揺れが、また少し強くなった。
---
休み時間。
外に出ようとした瞬間――
「おい、何壊してんだよ」
鋭い声が背中から飛んできた。
振り返ると、同じ年頃の男の子が立っていた。
腕を組んで、じろっと俺を睨んでいる。
「測定器壊すとかさ、普通やらないだろ。
お前のせいで俺の測定できなかったんだけど?」
周りの子が笑う。
「ほんと迷惑」
「壊すとか意味わかんない」
俺は静かに息を吐いた。
怒りでも涙でもなく、
ただ静かに受け止める。
(俺が悪いのかな……
でも、壊した覚えはない)
言い返そうと口を開きかけた瞬間――
「やめて」
澄んだ声が響いた。
ミリアが立っていた。
「ゼン、ノアは悪くないよ。
壊れたのは測定器の方でしょ?」
ゼンは舌打ちして、そのまま走り去った。
---
ミリアが俺の方を向く。
「ノア、大丈夫?
さっき、すごく静かだったから……心配になった」
「……大丈夫。
ただ、どうして壊れたのか分からなくて」
ミリアは少し近づいて、俺の目を覗き込む。
「ノアって、落ち着いてるよね。
普通なら泣いたり怒ったりするのに」
「泣いても変わらないから……
それに、ミリアが来てくれたから、少し楽になった」
ミリアは嬉しそうに笑った。
「よかった。
ノア、胸の奥……揺れたりする?」
「うん。
さっきより……強く揺れた」
ミリアは目を丸くする。
「強く?
それ、普通の揺れじゃないかも……」
「……そうなのかな」
「うん。
ノアの魔力、なんか深い感じがする。
私、ちょっとだけ分かるんだ」
胸の奥がまた揺れた。
(ミリアが言うなら……
大丈夫なのかもしれない)
少しだけ、心が軽くなった。
---
放課後。
家に帰ろうとした時、
後ろからまたあの声がした。
「……おい」
振り返ると、ゼンが立っていた。




