エピローグ:終わりの始まり
神は、退屈そうに空を見上げていた。
そして、ぽつりと言った。
「あ、いいこと思いついた」
光が世界を満たす。
それが世界の始まりだった。
俺は――世界で最初の人間だった。
きっと神様の気まぐれで生まれたのだろう。
長い生を終え、孫に手を握られながら静かに息を引き取った。
……次に目を開けた時。
世界は光に包まれていた。
体は小さく、指も足も動かない。
視界はぼやけて、光が滲む。
赤ちゃんになっていた。
柔らかい腕に抱き上げられる。
胸の鼓動が近い。温かい。
「見て、今ちょっと笑ったよ」
「ほんとだ……かわいいな」
「この子、なんだか……静かで優しい顔してるね」
母の声は優しくて、父の声は穏やかで低い。
意味は曖昧なのに、聞くだけで落ち着く。
母は少し考えるように俺を見つめた。
「この子……胸の奥に小さく光がある感じがするの」
「穏やかで、でも芯がある……そんな名前がいいな」
母は俺を胸に抱き寄せ、そっと言った。
「……ノア、なんてどう?」
父が目を細める。
「ノア……いい名前だ。お前にぴったりだ」
母がもう一度、俺の顔を覗き込む。
「今日からあなたはノアよ。よろしくね、ノア」
赤ん坊の体なのに、胸の奥がふわっと温かくなった。
家の中は木の壁が少し色あせていて、
梁には年季が入り、家具は手作りのように素朴だった。
「この家で、ゆっくり育っていこうね」
「ノア、外の風も草の匂いも好きになってくれるといいな」
ある日、母に抱かれたまま外へ連れ出された。
光が強い。
風が頬を撫でる。
空が広い。
草の匂いがする。
「外、気持ちいいね」
「ノアも嬉しそうだぞ。ほら、目がきらきらしてる」
父が畑に向かい、手をかざした。
光が生まれる。
「よし、今日も頼むぞ」
「あなたの魔法、いつ見ても綺麗ね」
「ノアにも、いつか見せてやりたいな」
土がふわりと持ち上がり、波のようにうねる。
光に導かれるように形を変え、
種が自然に吸い込まれるように植えられていく。
胸が震えた。
赤ん坊の体なのに、涙が出そうになるほどだった。
母も水壺に触れ、青い光を流し込む。
「ほら、ちゃんと流れていくでしょ」
「お前の魔法は本当に綺麗だな」
「ノアも、魔法好きになりそうね」
それから俺は、毎日少しずつ試した。
手を伸ばす。
指を握ったり開いたりする。
胸の奥の“何か”を探す。
季節がひとつ過ぎた頃、風の流れがわかるようになった。
「ノア、今風を目で追ったよ」
「ほんとだ……すごいねぇ」
二つ目の季節が過ぎる頃、
胸の奥が父の魔法に反応するようになった。
「また目が丸くなってるぞ」
「魔法が好きなのねぇ、ノア」
「絶対使えるようになるぞ、この子」
三つ目の季節が過ぎる頃、反応はさらに強くなった。
ある夕方。
家の中は夕陽で少し赤く染まり、木の壁が柔らかく光っていた。
父が手をかざし、光が生まれた瞬間――
俺の胸の奥で、同じように小さな光が揺れた。
「見て! ノア、今ちょっと手が光った気がする!」
「え、ほんと?」
「ほら、指先……あったかいよ」
「ノア……まさか……」
父と母が息をのむ。
その瞬間だった。
家の外で、
“バキッ”
と木が折れる音が響いた。




