第九話:現代最強の魔物
ネクロマンサーが近づく。
ゆっくり、確実に、逃げ道を潰すように。
ノアの足は震えたまま動かない。
(……来る……)
黒いローブが目の前で止まる。
フードの奥は真っ暗で、何も見えないのに――
“見られている”感覚だけが刺さる。
ネクロマンサーの手が、
そっとノアの顔へ伸びた。
触れられたら終わりだ。
死ぬ。
それだけは分かる。
ノアは息を止めた。
覚悟した。
その瞬間――
ネクロマンサーが静かに言った。
「……やっと会えたな」
声は低く、落ち着いていて、
恐怖よりも“重さ”を持っていた。
「ノア。
俺は、お前に会いたかった」
ノアは言葉を返せない。
喉が動かない。
ネクロマンサーは続ける。
「安心しろ。俺は敵じゃない。
むしろ……お前の味方だ」
その言葉だけで、
周囲の空気の重さが少しだけ薄れた。
「何かあれば、俺を頼れ。
お前が困る時は……必ず力になる」
ノアは息を吸うことすら忘れていた。
ネクロマンサーはローブを揺らし、
霧のように輪郭をほどかせていく。
「また会う。
その時まで……生きていろ、ノア」
次の瞬間――
そこには誰もいなかった。
黒い霧だけが、
ゆっくりと消えていった。
ネクロマンサーが消えた瞬間、全身の緊張が一気に解ける。
膝がガクッと折れる。
地面に手をついた瞬間、指が震えて支えにならない。
(……助かった……)
そう思った途端、
胸の奥がじわっと温かくなる。
安堵が一気に流れ込んで、逆に呼吸が乱れた。
息を吸おうとしても、
肺がうまく動かない。
喉がひゅっと鳴る。
肩が勝手に上下する。
体が震えて止まらない。
怖かった。
本当に怖かった。
でも――生きてる。
その事実だけで、
全身がふわっと軽くなる。
力が抜け落ちる。
視界の端が黒く滲む。
木々の輪郭がゆっくり溶けていく。
耳の奥がキーンと鳴る。
遠くの音が全部消える。
(……立てない……)
手をつこうとしても、
指が地面を掴めない。
力が入らない。
胸が温かいのに、
手足は冷たい。
感覚がバラバラになる。
まぶたが重い。
落ちる。
もう支えられない。
ノアはそのまま、
前のめりに倒れた。
頬が土に触れた感覚だけが最後に残り、
意識はすっと闇に沈んでいった。
ーー目が覚めると視界には見知らぬ天井が映っていた。




