第九十二話 「中立」
コンテナハウス内部。
《YOKOZUNA会議》の金色ホログラムが、
静かに揺れていた。
誰もすぐには答えない。
東アジア市場支配層。
国家を超えた経済階級。
その頂点たちが、
九条ハヤトの言葉を聞いている。
「ヨコヅナは中立であるべきだ」
レンは息を呑む。
空気が重い。
重すぎる。
市場そのものが、
考えているみたいだった。
その時。
一つのホログラムが口を開く。
《香港金融連合》
『中立だと?』
『感情市場は既に揺れている』
別のホログラム。
《上海感情市場管理局》
『MAY-LIN現象は危険だ』
『市場流動性が予測不能化している』
レンは頭を抱える。
「全部言い方が怖ぇんだよ……」
だが。
ハヤトは動じない。
「だからだ」
煙草の火が揺れる。
「今ここで」
「市場側が介入すれば」
「東アジア感情市場は戦場になる」
空気が静まる。
その瞬間。
《EYES》がシミュレーションを表示した。
《市場介入予測》
* 感情暴走再発
* 配信都市衝突
* AI市場不安定化
* 若年層暴動率上昇
⸻
『東アジア市場混乱率:危険域』
レンが顔を引きつらせる。
「うわ本当に戦争じゃん……」
ハヤトは続ける。
「MAY-LINは」
「敵に回すには影響力が大きすぎる」
その時。
別のホログラムが笑った。
《澳門統合娯楽機構》
『つまり利用価値があると?』
ハヤトは即答した。
「違う」
コンテナ内部が静まる。
「感情市場は」
「人間の感情なしじゃ成立しない」
「なら」
金色モニターへ映る。
池袋の朝焼けライブ。
Emotion Crash収束。
《MAY-LIN LIVE》。
「今」
「人間側へ感情を戻せる存在を潰すのは悪手だ」
沈黙。
レンは気づく。
ハヤトは。
市場論理で、
美玲を守っている。
その時。
林宗龍が初めて口を開いた。
『……興味深い』
空気が張る。
全ヨコヅナが静まる。
林宗龍。
東アジア市場支配者の一人。
そして。
美玲の父。
その男が、
静かに娘を見る。
『MAY-LIN』
『お前は市場を乱している』
レンが身構える。
だが。
宗龍は続けた。
『だが』
『今の市場は』
『乱される必要があるのかもしれんな』
空気が止まる。
美玲の赤い瞳が揺れた。
レンも驚く。
「……父親?」
その時。
《YOKOZUNA NETWORK》が反応した。
《東アジアヨコヅナ会議》
仮承認議決
⸻
MAY-LIN案件
『中立監視対象へ指定』
レンが固まる。
「……中立?」
ハヤトが小さく笑った。
「つまり」
「今すぐ潰されはしねぇ」
コメント欄爆発。
《生き延びた!》
《ハヤト強すぎ》
《フィクサー有能》
その時。
美玲が小さく呟く。
「……父さん」
だが。
林宗龍は静かだった。
金色の市場光の向こう。
その目だけが、
真っ直ぐ娘を見ている。
『証明してみせろ』
『MAY-LIN』
『感情が』
『市場を超えられるとな』




