第五話 「租界の女王と港湾第七学園」
「“視聴者数”だよ」
その言葉と同時に、
屋上の空気が変わった。
数百台の配信カメラ。
無数のライブコメント。
《MAY-LIN》の視聴者たちが、
今この瞬間をリアルタイムで見ている。
『政府またやってる』
『EVA監査局じゃん』
『租界で公開制圧は草』
『メイリン逃げろ!!』
黒い監視ドローン群が停止する。
露骨に動きが鈍った。
レンは呆然と呟く。
「……マジかよ」
「公開環境での強制制圧は禁止」
美玲は肩を竦めた。
「企業イメージ悪くなるからね」
「いやもう意味分かんねぇよこの社会」
だが次の瞬間。
ドローン側から電子音声。
『対象MAY-LINへ警告』
『感情監査法第十二条違反の疑いがあります』
『違法感情ノイズの隠蔽行為を停止してください』
美玲の表情が一瞬だけ曇る。
レンは見逃さなかった。
「……おい」
「何」
「“違法感情ノイズ”ってなんだ」
沈黙。
美玲は視線を逸らした。
「知らなくていい」
「いや絶対ヤバいだろそれ」
「ヤバいよ」
「即答かよ」
その時。
遠くで警報音が鳴った。
『第三監査部隊接近』
『一般市民は避難してください』
「チッ……」
美玲が舌打ちする。
「レン、行くよ」
「どこに!?」
「学校」
「は?」
「アンタ学生でしょ」
「いや今その流れ!?」
だが美玲は既に歩き出していた。
レンは慌てて追いかける。
二人は非常階段を降り、
ネオン雨の九龍街へ戻る。
深夜の租界。
屋台の湯気。
電脳広告。
違法改造ショップ。
街全体が眠らず脈動している。
レンは横を歩く少女を見る。
《MAY-LIN》。
租界最大級の配信者。
林グループ創業家。
街に数百の配信部屋を持つ女。
なのに。
《EYES》が映す彼女の感情は、
今も不安定だった。
『対象:林美玲
警戒状態
疲労蓄積
孤独感:高』
レンは眉をひそめる。
「……なあ」
「何」
「お前、寝てる?」
「配信者にそれ聞く?」
「寝てないのかよ」
「三日くらい」
「死ぬぞ」
美玲は少しだけ笑った。
「死なないよ」
その笑顔を見て、
レンはなぜか嫌な感じがした。
本当に、
壊れそうな笑い方だった。
やがて二人は、
巨大な学園ゲート前へ辿り着く。
《神奈川県立 港湾第七学園》
租界最大級の複合学園都市。
富裕層。
移民子弟。
企業関係者。
配信者。
問題児。
全部が混ざる、
《NEO横浜電脳租界》の縮図みたいな学校だった。
レンはゲートを見上げる。
「……マジで来るのか」
「何が?」
「学校だよ。お前みたいなの来ると騒ぎになる」
「もうなってる」
「それもそう」
すると突然。
学園前広場の巨大モニターが点灯した。
『速報』
『人気配信者《MAY-LIN》、違法感情AI使用疑惑』
『監査局、租界内で追跡開始』
「……は?」
レンの顔が引きつる。
広場の学生たちがざわつき始めた。
「え、メイリン?」
「マジで?」
「違法AIって何?」
「炎上案件じゃん」
そして。
モニター画面が切り替わる。
そこに映ったのは――
『参考人物』
レンの顔写真だった。
「……………………は?」
沈黙。
数秒後。
学生たちの視線が、
一斉にレンへ向く。
「え」
「コイツじゃね?」
「終わった」
レンが呟く。
美玲は横で笑っていた。
腹を抱えて。
「いや笑い事じゃねぇだろ!!?」




