第四十三話 「黒犬の感情」
「《MAY-LIN》――横浜一の配信者」
ネオン雨の中央立体広場。
歓声。
コメント。
熱狂。
その中心で、
美玲は不敵に笑っていた。
《黒犬》は、
ただ彼女を見つめている。
無感情兵器みたいだった男が、
今は明らかに揺れていた。
《EYES》が表示する。
『困惑』
『高揚』
『興味』
レンは息を呑む。
「……戻ってきてる」
藍華も小さく頷いた。
「MAY-LINの悪い癖だ」
「悪い癖?」
「敵まで感情引っ張り出す」
その時。
《YUNA》の声が鋭く響く。
『黒犬、戦闘を継続してください』
だが。
《黒犬》は動かない。
ゆっくり、
自分の手を見る。
高周波ナイフ。
電磁警棒。
無機質な武器。
『……俺は』
かすれた声。
『何をしていた』
観客が静まり返る。
《え……》
《黒犬……?》
レンの《EYES》が反応。
『自我回復率上昇』
その瞬間。
《YUNA》の笑顔が完全に消えた。
『強制同期を実行します』
「ッ!?」
レンが顔を上げる。
広場上空。
LUXドローン群が展開。
赤い光。
感情同期波。
観客たちがざわめき始める。
《頭……》
《なんか変……》
「おいマズい!」
藍華が叫ぶ。
「観客ごと同期する気だ!!」
レンは歯を食いしばる。
「また都市規模かよ……!」
その時。
美玲が前へ出た。
ネオン雨の中央。
無数のカメラ。
1億人以上の視線。
彼女はゆっくり、
配信用スタビライザーを肩へ担ぐ。
「……レン」
「な、何」
「カメラ」
「え?」
「寄って」
レンは一瞬戸惑う。
だが。
《EYES》が理解する。
『視聴者感情誘導演出』
「……!」
レンは即座にドローンへ指示を飛ばした。
「正面寄り!」
「スロー切替!」
配信ドローン群が展開。
《MAY-LIN LIVE》モード起動。
ネオン。
雨粒。
超接近カメラ。
美玲が静かに観客を見る。
「聞こえる?」
広場が静まる。
「アンタたち」
「誰かに感情決められたい?」
コメント欄停止。
誰も書き込まない。
「好きって気持ちも」
「楽しいって気持ちも」
「怒ることも」
「全部」
彼女は空を見る。
赤いLUXドローン群。
「企業に決められるの?」
沈黙。
その瞬間。
観客席の一人が叫んだ。
「ふざけんな!!」
感情波形が揺れる。
次々と声が上がる。
「勝手に弄るな!!」
「俺らの感情だろ!!」
コメント欄が爆発した。
《そうだ!!》
《感情は自分のもんだ!!》
《MAY-LIN!!》
《EYES》が警告。
『都市感情波変化』
『LUX同期波を相殺』
レンは目を見開く。
「……マジか」
美玲は笑った。
《MAY-LIN》。
都市最大の配信者。
彼女は、
感情を“支配”するんじゃない。
感情を、
“解放”していた。




