第三十話 「一億人の感情」
『登録者数
9,120万人』
その数字ですら、
もう現実離れしていた。
だが。
増加は止まらない。
NEO横浜電脳租界全域。
街そのものが、
巨大な感情共鳴装置へ変わり始めていた。
赤いネオン。
空中広告。
ARモニター。
全部が《MAY-LIN LIVE》を映している。
《メイリン!!》
《好き》
《助けて》
《見てる》
《泣きそう》
レンの《EYES》が激しく点滅する。
『都市感情同期率:43%』
「高すぎるだろ……!」
街の人々が、
同じ熱狂を共有し始めていた。
恋愛。
興奮。
不安。
共感。
感情の境界が、
都市規模で曖昧になっている。
その中心。
九龍街のネオン夜景を背に、
林美玲が立っていた。
「……ッ」
彼女は苦しそうに頭を押さえる。
撮影ドローン群が、
不規則に旋回していた。
7000万人。
8000万人。
9000万人。
膨大な感情が、
彼女へ流れ込んでいる。
「美玲!!」
レンが駆け寄る。
《EYES》が警告を鳴らす。
『感情負荷限界接近』
『精神崩壊危険域』
「マズい……!」
周天宇の声が、
都市全域へ響いた。
『見てください』
『これが未来です』
巨大ホログラムの白スーツ男。
その笑顔は狂気じみていた。
『孤独のない世界』
『全員が感情を共有する世界』
『市場と感情が完全接続された社会』
「違う……」
レンは睨み返す。
「こんなの、ただの支配だ」
だが周天宇は笑う。
『なら聞きましょう』
『朝霧レン』
『あなたは彼女を救えますか?』
その瞬間。
美玲が苦しそうにレンを見る。
「……レン」
「喋るな!」
「……怖い」
レンの胸が締め付けられる。
初めてだった。
《MAY-LIN》じゃない。
林グループ令嬢でもない。
ただの女の子みたいな声だった。
「みんなの感情が……流れてくる……」
レンは歯を食いしばる。
《EYES》。
違法感情解析AI。
今まで、
ただ“見る”だけだった。
でも。
もし。
感情を“繋ぐ”ことができるなら――
レンは彼女の手を掴んだ。
「……え」
「一人で受けるな」
《EYES》を強制起動。
視界が赤く染まる。
膨大な感情データ。
7000万。
8000万。
9000万。
都市規模感情波。
脳が焼けそうになる。
「ぐっ……!」
「レン!?」
だがレンは手を離さない。
「お前だけに背負わせるかよ……!」
その瞬間。
《EYES》が異常進化反応を示す。
『感情共鳴接続』
『観測者同期開始』
ネオンが爆発的に光った。
都市全域のモニターが乱れる。
コメント欄が止まる。
そして。
世界中の画面へ、
二人の姿が映し出された。
雨の九龍街。
ネオンの夜。
互いの手を握る、
二人の高校生。
その瞬間。
登録者数表示が跳ね上がる。
『100,000,000』
沈黙。
世界が止まったみたいだった。
そして。
コメント欄が爆発する。
《一億!?》
《世界記録》
《MAY-LIN》
《レン》
《泣いた》
《これが本物》
レンは息を切らしながら、
美玲を見る。
彼女もこちらを見ていた。
赤い瞳が揺れている。
でも。
さっきまでみたいな苦しさは、
少しだけ消えていた。
「……レン」
「何」
「アンタ」
美玲は小さく笑った。
「配信映えするね」
「今それ言う!?」




