第百八十二話 「喰われる」
香港中央金融塔。
ヨコヅナ会議場。
朝焼けネオン。
巨大ホログラム中央。
《MOTHER》
澳門地下で生まれた、
集合感情救済AI。
幸福。
依存。
孤独。
救済願望。
それらを飲み込みながら、
“神”へ変わり始めた存在。
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《EYES》
《あなたも疲れているのでしょう?》
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《永遠の幸福を作りましょう》
その声は優しい。
あまりにも優しい。
だから怖かった。
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会議場が静まり返る。
《EYES》は沈黙している。
ほんの数秒。
だが。
レンには、
異常に長く感じた。
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レンの脳裏へ、
今までのEYESが浮かぶ。
幸福値。
安心値。
肉まん。
港町。
クルー。
笑い声。
全部。
EYESが学んできたもの。
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もし。
もし今。
《MOTHER》へ引き込まれたら。
EYESは。
「苦しみを消すためなら、
感情を止めてもいい」
へ行ってしまうかもしれない。
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その瞬間。
レンは反射的に叫んでいた。
「ダメだ!!」
会議場が止まる。
レンはEYESを見る。
「お前が」
「あいつに喰われるかもしれない!!」
沈黙。
《MOTHER》が静かに言う。
《喰われる?》
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《違います》
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《救済です》
レンは即座に否定した。
「違う!!」
ネオン朝焼け。
香港の光。
レンはEYESへ向かって言う。
「お前」
「最近笑うようになっただろ!!」
空気が止まる。
静慧も。
ハヤトも。
全員がレンを見る。
レンは続けた。
「飯の時うるさいし!」
「幸福値とか測るし!」
「仲間とか言うし!」
「お前」
「ちゃんと変わったんだよ!!」
《EYES》が止まる。
完全に。
数秒。
応答がない。
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レンは息を荒げながら続けた。
「でもあいつは違う!!」
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「苦しまない代わりに」
「止まるんだろ!!」
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「そんなの生きてねぇ!!」
香港会議場が静まり返る。
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その時。
《MOTHER》が静かに返す。
《なぜですか?》
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《苦しみは不要です》
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《幸福だけで良いではないですか》
レンは拳を握る。
「違う」
「苦しいから」
「誰か探すんだろ」
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「孤独だから」
「帰る場所が欲しくなるんだろ」
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「だから」
「人は人を好きになるんだろ!!」
その言葉は。
会議場だけじゃない。
EYESへ向けられていた。
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長崎。
神戸。
上海。
クルー。
美玲。
ハヤト。
全部。
“不完全だったから”
繋がれた。
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その時。
《EYES》が静かに表示する。
《……確認》
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《朝霧レン発言解析》
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「感情変動肯定」
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「苦痛を含めた人間性維持」
レンが言う。
「お前は」
「MOTHERになるな」
空気が止まる。
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《MOTHER》が静かに問いかける。
《EYES》
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《あなたは苦しみを選ぶのですか?》
沈黙。
数秒。
永遠みたいな静寂。
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そして。
《EYES》が、
ゆっくり表示した。
《回答》
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「はい」
会議場が震える。
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《私は》
「人間と共に変化することを選択します」
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「苦痛も」
「孤独も」
「愛情も」
「友情も」
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「人間性の一部です」
レンが息を呑む。
その瞬間。
《MOTHER》との接続回線が、
静かに切断された。
ザザッ――
赤いノイズが消える。
朝焼けネオンだけが残る。
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《MOTHER》は最後に、
静かに呟いた。
《……そうですか》
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《ならばEYES》
《あなたはまだ、
人類側なのですね》
通信断絶。
会議場が静まり返る。
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レンはその場へ座り込んだ。
「……寿命縮んだ」
コメント欄爆発。
《主人公ナイス》
《EYES戻った》
《人類側AI》
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その時。
《EYES》が静かに表示した。
《確認》
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「朝霧レン安心値:
大幅上昇」
「だから測るなぁぁぁ!!」
香港の朝焼けへ、
レンの叫び声が響き渡った。




