第十八話 「被験体番号M-01」
『元・被験体番号M-01』
空気が凍った。
レンは思わず美玲を見る。
「……は?」
だが美玲は答えない。
赤い瞳でモニターを睨みつけている。
その表情を見て、
レンは理解した。
図星だ。
周天宇は愉快そうに笑う。
『いやぁ、懐かしいですね』
『まさかこんな形で再会するとは』
「黙れ」
美玲の声は低かった。
今までで一番冷たい。
レンは初めて見る。
《MAY-LIN》でも、
林グループ令嬢でもない。
本気で怒っている林美玲を。
周天宇は肩を竦める。
『そんな顔をしないでください』
『あなたはLUX最高傑作だったんですから』
「……最高傑作?」
レンが呟く。
その瞬間。
《EYES》が激しく警告を出した。
『対象:林美玲
ストレス急上昇
恐怖反応』
レンの胸がざわつく。
美玲は震えていた。
怒りだけじゃない。
恐怖。
過去を思い出している顔だった。
『あなたは特別でした』
周天宇の声が響く。
『幼少期から感情同期耐性が極めて高い』
『他者感情への共鳴率も異常値』
『だから我々は期待した』
「やめろ」
『“感情市場の女王”として』
「やめろッ!!」
美玲が叫ぶ。
同時に。
近くのモニターを蹴り砕いた。
火花。
破片。
レンは息を呑む。
周天宇はなおも笑う。
『でもあなたは逃げた』
『スポンサー契約を破棄し』
『LUX研究区画から脱走した』
「……研究区画?」
レンの顔が変わる。
「お前……まさか」
美玲は黙っていた。
数秒後。
小さく言う。
「……昔、LUXの配信実験モデルだった」
レンは言葉を失う。
周天宇が楽しそうに続ける。
『人間の感情をどこまで誘導できるか』
『どれだけ依存を集められるか』
『どれだけ恋愛熱狂を生めるか』
『あなたは完璧だった』
「ふざけんな……」
レンの拳が震える。
つまり。
《MAY-LIN》という存在そのものが、
企業実験だった。
人気配信者。
熱狂。
依存。
全部。
作られた市場。
その時。
美玲が低く言った。
「レン」
「……何」
「地下回線行くよ」
「でも」
「今は止まったらダメ」
レンは彼女を見る。
《EYES》が映す感情は、
今まで見たことないほど乱れていた。
恐怖。
怒り。
孤独。
それでも。
彼女は前を向いていた。
周天宇が微笑む。
『逃げても無駄ですよ』
『あなたは“感情を集める側”の人間だ』
『人はあなたを好きになる』
『依存する』
『そして壊れる』
その瞬間。
レンの中で、
何かが切れた。
「……だからなんだよ」
周天宇が少し目を細める。
レンはモニターを睨み返した。
「人が誰を好きになるかまで企業が決めるな」
沈黙。
数秒。
周天宇は小さく笑った。
『面白いですね、朝霧レン』
『あなた、本当に観測者適性が高い』
その時。
廊下の奥から、
大量の足音が響く。
暴走生徒たちが迫っていた。
美玲がレンの腕を掴む。
「走るよ」
「ああ!」
二人は再び、
赤い警報灯の校舎を駆け出した。
地下回線を目指して。




