第百七十二話 「感情先物市場」
香港湾岸金融区。
深夜。
ネオン豪雨。
超高層金融都市。
空そのものが、
数字で埋め尽くされていた。
《感情指数》
《人格信用値》
《幸福先物》
《共感市場変動率》
レンは空を見上げて引いていた。
「……狂ってる」
神戸とも。
上海とも違う。
ここでは。
“感情そのもの”が、
金融商品だった。
⸻
香港金融中央街。
超高層空中回廊。
レンたちは、
梁静慧の案内で移動していた。
白銀スーツの女。
冷たい視線。
完全に金融都市の支配者側。
静慧は歩きながら言う。
『EYES NETWORKの影響で』
『香港市場は大混乱している』
巨大ホログラムへ、
リアルタイム市場変動が映る。
《感情広告価値暴落》
《依存型幸福指数下落》
《感情誘導AI利益減少》
レンが小声で言う。
「……そんな悪いことした?」
雨玲が即答する。
『市場側から見ればな』
ハヤトが苦笑する。
「お前は感情市場の根本を揺らした」
「そんなつもりじゃ……」
その時。
静慧が止まる。
目の前。
巨大ホログラムタワー。
《HONG KONG EMOTION EXCHANGE》
香港感情取引所。
東アジア最大級の、
感情金融市場。
静慧は振り返る。
『ここでは』
『人の感情が資産になる』
その瞬間。
ホログラムが切り替わる。
《朝霧レン感情影響指数》
空気が止まる。
「は?」
巨大数値。
世界規模トレンド。
EYES NETWORK影響率。
Emotion Crash改善率。
全部表示される。
レンが青ざめる。
「なんで俺が上場してんの!?」
コメント欄爆発。
《主人公株》
《感情銘柄》
《金融都市やばい》
静慧は冷静だった。
『あなたはもう個人ではない』
⸻
『市場影響存在よ』
その言葉は重かった。
レンは止まる。
確かに。
EYES NETWORKは、
世界を変え始めている。
その中心にいる以上。
市場が無視するわけがない。
⸻
その時。
巨大市場モニターが、
突然赤く染まった。
《ALERT》
《EYES NETWORK支持率急上昇》
《香港感情市場変動》
金融街がざわつく。
静慧が険しい顔をした。
『……早すぎる』
《EYES》が静かに表示。
《香港市民側で》
EYES NETWORK自発接続増加
レンが止まる。
「自発?」
その時。
街の下。
金融街スクリーン群へ、
一斉に市民投稿が流れ始める。
《Emotion Crashが止まった》
《眠れるようになった》
《ありがとうEYES》
空気が変わる。
金融市場。
だが。
その下には、
普通に苦しんでいた人間たちがいる。
静慧はその光景を見る。
数秒沈黙。
そして小さく呟いた。
『……厄介ね』
レンが見る。
静慧は冷たい目のまま言った。
『市場は数字で動く』
『でも人間は、
感情で動く』
ネオン雨が、
香港金融都市を照らしていた。
その時。
《EYES》が静かに表示する。
《分析》
⸻
「香港市場は」
「分岐点へ到達しています」
金融か。
人間性か。
香港という都市そのものが、
静かに揺れ始めていた。




