第百七十一話 「香港湾岸金融区」
東アジア超高速湾岸航路。
上海発・香港行き。
巨大湾岸高速艇は、
夜の海を滑っていた。
レンは窓際で死んだ目をしている。
「……逃げたい」
美玲が苦笑する。
「まだ言ってる」
コメント欄爆笑。
《主人公胃痛》
《香港編》
《世界会議こわい》
その時。
《EYES》が静かに表示した。
《目的地接近》
⸻
《香港湾岸金融区》
窓の外。
巨大都市が見え始める。
そして。
レンは息を呑んだ。
「……うわ」
香港湾岸金融区。
超高層ネオン群。
空中金融道路。
巨大ホログラム広告。
無数の市場指数。
夜空そのものが、
数字で埋め尽くされていた。
神戸が物流なら。
上海が市場なら。
ここは。
「金融そのものの都市」
だった。
⸻
《HONG KONG FINANCIAL BAY》
港湾空域を、
金融ドローン群が飛ぶ。
人格指数。
感情先物。
感情信用格付。
全部が、
リアルタイムで変動している。
レンが引く。
「怖ぇぇ……」
雨玲が小さく呟く。
『ここは感情を金に変える街だ』
ハヤトが苦笑する。
「東アジアで一番胃が痛くなる都市だぞ」
「来たくなかった!!」
コメント欄爆発。
《金融サイバー》
《ネオン地獄》
《香港やばい》
⸻
その時。
巨大ホログラムニュースが、
空へ映し出される。
《速報》
《EYES NETWORK創始者、
香港到着》
「ニュース早ぇぇ!!」
周囲がざわつく。
金融マン。
ネットランナー。
市場AIオペレーター。
全員がレンを見る。
その視線は。
好奇心。
警戒。
敵意。
期待。
全部混ざっていた。
⸻
港湾VIP接続区画。
そこへ。
一人の女が現れる。
白銀スーツ。
長い黒髪。
義眼。
冷たい視線。
《梁 静慧》
香港湾岸金融区代表
ヨコヅナ会議評議員。
金融市場派中核。
完全に大物だった。
静慧はレンを見る。
数秒沈黙。
そして。
『朝霧レン』
『あなたのせいで
市場が荒れている』
「開幕それぇ!?」
コメント欄崩壊。
《怒られた》
《香港怖い》
《胃痛確定》
だが。
静慧は続けた。
『……だが』
⸻
『Emotion Crash死亡率は下がった』
空気が少し止まる。
レンが顔を上げる。
静慧は冷たい目のまま言った。
『だから私は』
『まだあなたを敵と決めていない』
ネオン風が吹く。
香港の空。
数字の海。
金融の都市。
そこへ。
新ヨコヅナ朝霧レンは、
ついに足を踏み入れた。
その時。
《EYES》が静かに表示する。
《香港市場感情圧》
「極めて高い」
「もう怖いから黙ってくれ!!」
レンの叫び声が、
香港ネオン街へ吸い込まれていった。




