第百七十三話 「市場に喰われた人々」
香港湾岸金融区。
ネオン豪雨。
超高層金融街。
空中回廊の下では、
無数のホログラム広告が点滅していた。
《幸福先物》
《感情投資信託》
《人格価値指数》
だが。
その表示の多くが今、
赤く染まり始めている。
《市場急落》
《感情依存指数低下》
《EYES NETWORK影響拡大》
レンは金融街を見下ろしていた。
「……こんなに影響出るのか」
静慧が静かに答える。
『当然よ』
⸻
『この都市は、
感情金融で食べてきた』
その声は冷たい。
だが。
どこか疲れていた。
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香港中央市場街。
そこでは。
人々が怒鳴り合っていた。
『仕事が消えた!!』
『感情広告AIが止まった!』
『幸福誘導案件が全部飛んだ!!』
Emotion Broker。
感情金融士。
人格投資家。
感情アルゴリズム設計者。
人の孤独。
不安。
承認欲求。
依存。
それらを。
“商品”
として扱ってきた人々。
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だが今。
EYES NETWORKによって。
「感情保護」
が始まってしまった。
Emotion Crashは減る。
依存率は下がる。
過剰感情広告は効かない。
つまり。
「感情で儲ける市場」
そのものが、
崩れ始めていた。
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レンが小さく呟く。
「……俺達」
「人の仕事奪ってるのか」
空気が静まる。
その時。
静慧がゆっくり振り返った。
『そうよ』
即答だった。
レンが止まる。
静慧は続ける。
『あなた達は今』
『東アジア最大市場の構造を壊してる』
ネオン雨。
金融街。
赤く染まる市場指数。
そこには確かに。
「今まで感情金融で生きてきた人々」
がいた。
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その時。
一人の男が、
金融街スクリーンへ拳を叩きつけた。
『俺達は何十年もこれで食ってきた!!』
『EYESは全部壊した!!』
怒号。
混乱。
市場崩壊。
レンは黙る。
EYES NETWORKは、
人を救っている。
でも同時に。
「旧時代を終わらせている」
その現実もあった。
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その時。
《EYES》が静かに表示する。
《分析》
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「感情市場依存経済が崩壊中」
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「大量失業発生予測」
レンが顔をしかめる。
「……そんな」
だが。
EYESは続けた。
《しかし》
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「Emotion Crash死亡率は低下」
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「感情依存率も低下」
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「自殺率減少傾向」
静慧が小さく息を吐く。
『数字だけなら』
『あなた達は正しい』
その言葉は重かった。
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正しさだけでは、
世界は回らない。
市場には。
生活がある。
家族がある。
仕事がある。
感情金融で生きてきた人々が、
確かに存在していた。
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その時。
レンは金融街を見下ろしながら、
静かに言った。
「……じゃあ」
「新しい仕事を作るしかないだろ」
空気が止まる。
静慧がレンを見る。
雨玲も。
ハヤトも。
EYESも。
レンは続けた。
「人を壊さない市場を」
「作ればいい」
ネオン雨の香港で。
旧時代の市場と。
新時代の共和思想が。
真正面からぶつかり始めていた。




