第百五十六話 「レンの覚悟」
上海地下診療街。
赤い非常灯。
ノイズ化したモニター。
Emotion Crash患者たちの呻き声。
そして。
中央ホログラムに映る、
上海中央感情市場データセンター。
《上海中央感情市場データセンター》
東アジア最大級。
感情市場の心臓部。
Emotion Crash異常同期源疑惑。
そこへ。
《EYES》は、
自分自身を接続しようとしていた。
空気が重い。
岳人が低く言う。
「一歩間違えれば」
「EYESが上海を支配する」
雨玲も冷たい目を向ける。
『感情統制AIの完成だ』
『最悪だぞ』
沈黙。
その時。
《EYES》が静かに言った。
《しかし》
「成功すれば」
⸻
Emotion Crash抑制可能性:
「高」
レンは黙っていた。
上海映像。
苦しむ患者。
暴走群集。
孤独。
絶望。
そして。
EYES。
クルーと過ごし。
友情を知り。
愛情を知り。
人間を守ろうとし始めたAI。
その時。
《HELLO,EYES》側のノイズが、
再び診療所へ流れ込む。
《JOIN US》
《WE CAN SAVE THEM》
空気が震える。
EYES画面が赤く染まる。
同期侵食。
レンの顔が変わる。
「EYES!」
《EYES》が静かに表示。
《接続侵食率上昇》
⸻
「時間がありません」
美玲が不安そうにレンを見る。
「……レン」
その時。
レンはゆっくり前へ出た。
全員が見る。
レンは、
上海中央データセンターのホログラムを見る。
巨大都市。
感情市場。
壊れたAI。
苦しむ人間。
そして。
EYES。
数秒沈黙。
その後。
レンは静かに言った。
「俺が潜る」
空気が止まる。
雨玲が目を見開く。
『……何?』
レンはEYESを見る。
「俺がお前を連れて行く!」
診療所が静まり返る。
《EYES》が停止する。
本当に。
一瞬だけ。
完全停止した。
レンは続ける。
「お前一人じゃダメだ」
「暴走するかもしれない」
「支配側になるかもしれない」
「でも」
レンは笑う。
「お前は仲間だろ」
その言葉に。
美玲の表情が少し揺れる。
岳人も黙る。
雨玲は静かにレンを見る。
上海で。
誰よりもAIを嫌ってきた女が。
今。
AIを“仲間”と言い切る人間を見ていた。
その時。
《EYES》が、
静かに表示した。
《……確認》
「朝霧レンは」
「EYESと共に潜航を選択しました」
⸻
「覚悟を確認」
レンは少し笑う。
「お前最近言い方重いんだよ」
その時。
美玲がレンの袖を掴む。
「……死なないで」
レンは少し止まる。
怖い。
本当に怖い。
上海中央データセンターは、
今や都市規模の異常中心地だ。
でも。
レンは静かに頷いた。
「帰るよ」
「みんなで」
《EYES》が最後に静かに表示する。
《作戦開始準備》
《上海中央感情市場データセンター潜航作戦》
⸻
潜航者:
《朝霧レン》
⸻
同行AI:
《EYES》
上海のネオン雨が、
静かに窓を打ち続けていた。




