第十四話 「林グループ本家」
着信音が、
異様に静かに響いていた。
《林グループ本家》
その表示を見た瞬間、
林美玲の表情から余裕が消えた。
レンは初めて見る。
《MAY-LIN》でも、
租界の女王でもない。
ただの娘みたいな顔。
「……出ないのか?」
「出たくない」
「でも本家なんだろ?」
「だから嫌なの」
珍しく即答だった。
だが着信は止まらない。
校舎では今も警報が鳴り響いている。
赤い目をした暴走生徒たち。
外を包囲する監視ドローン。
そして《LUX》による感情実験。
完全に地獄だった。
レンは頭を抱える。
「なんで俺の高校生活こうなった……」
「知らない」
「お前が原因だよ!!」
だがその時。
美玲の端末が強制接続された。
空中にホログラム映像が投影される。
『……美玲』
低い男の声。
レンは思わず息を呑む。
画面に映っていたのは、
一人の中年男性だった。
黒い中華風スーツ。
鋭い眼光。
静かな威圧感。
明らかに“上の人間”。
「……お父様」
美玲が小さく呟く。
レンは察した。
林グループ現当主。
つまり、
この租界の超上級側。
『状況は把握している』
男――林宗龍は淡々と言った。
『LUXが港湾第七学園へ介入した』
「……ごめんなさい」
『謝罪は後だ』
宗龍の視線が、
レンへ向く。
レンの背筋が凍った。
『そちらの少年は?』
「朝霧レンです!! 一般学生です!! 巻き込まれました!!」
「必死すぎ」
「必死にもなるわ!」
宗龍は数秒レンを見つめる。
その視線だけで、
社会信用スコアが下がりそうだった。
『……EYES保持者か』
レンが固まる。
「なんで知って」
『林グループは租界内違法AI市場の七割を監視している』
「怖ぇよ!」
美玲が小さくため息を吐く。
「お父様、今はそれより――」
『分かっている』
宗龍の表情が険しくなる。
『LUXがついに“感情同期実験”を始めた』
レンは眉をひそめた。
「感情同期?」
『複数人間の感情を強制共有する技術だ』
「……は?」
『依存。恋愛。憎悪。熱狂。』
『それらを市場単位で制御する』
レンは言葉を失う。
そんなもの、
兵器じゃないか。
宗龍は続ける。
『もし完成すれば、人間社会は“感情そのもの”を操作される』
その瞬間。
校舎が激しく揺れた。
轟音。
ガラス破壊。
悲鳴。
『新規暴走反応』
『第二群、第三群が起動しました』
「ッ!」
レンたちは廊下を見る。
大量の暴走生徒。
数が増えている。
しかも。
全員の瞳が赤い。
完全同期。
「冗談だろ……」
美玲が前へ出る。
だが宗龍が低く言った。
『美玲』
「……何」
『下がれ』
「嫌」
『これはもう学生の領域ではない』
沈黙。
数秒後。
美玲は静かに答えた。
「でも」
赤い瞳が揺れる。
「ここ、私の学校だから」
レンは少し驚いた。
彼女はこの街を、
この学校を、
ちゃんと好きだったのだ。
宗龍は娘を見つめる。
やがて小さく息を吐いた。
『……好きにしろ』
「え」
『ただし条件がある』
宗龍の視線がレンへ向く。
『朝霧レン』
「は、はい」
『娘を死なせるな』
「いや荷が重い!!」




