第百二十四話 「感情防壁」
海底通信層。
暗い感情の海。
《EMOTION SIREN CORE》の周囲で、
黒い感情津波が渦巻いていた。
怒り。
恐怖。
絶望。
負の感情が、
データ化されて空間そのものを侵食している。
そして。
レンの前には、
無数の“人影”が立っていた。
『苦しい』
『不安だ』
『助けて』
Emotion Crash被害者たち。
感情データ残滓。
レンは息を呑む。
「……これ」
「全部感情データなのか」
《EYES》が解析。
《感情防壁》
被害者感情残留群
⸻
精神干渉型防衛機構
「性格悪すぎるだろこの兵器!」
コメント欄爆発。
《メンタル攻撃》
《新人には重い》
《ブラック卒業試験》
その時。
感情残滓たちが、
一斉にレンへ近づき始めた。
『助けて』
『一人にするな』
『怖い』
頭へ直接響く。
レンの呼吸が乱れる。
「っ……!」
《EYES》が警告。
《精神汚染上昇》
感情同期率異常増加
レンは歯を食いしばる。
これは戦闘じゃない。
感情そのものが攻撃してくる。
その瞬間。
海上側から、
また歌声が届いた。
⸻
♪「Listen」
♪「君は飲まれない」
⸻
《MAY-LIN LIVE》。
優しい音が、
黒い海を少しずつ押し返していく。
感情残滓たちの動きが、
一瞬止まる。
《EYES》が解析。
《感情安定波侵入成功》
MAY-LIN LIVE同期支援継続
レンは息を吐く。
「……美玲」
通信が入る。
『レン』
『感情に飲まれないで』
赤い瞳の映像。
真っ直ぐだった。
『その人たち』
『本当は助けて欲しいだけ』
レンは止まる。
感情残滓を見る。
怒ってるんじゃない。
苦しんでる。
孤独で。
壊れて。
助けを求めている。
その時。
《EYES》が静かに表示した。
《推定》
EMOTION SIREN
「人間の負感情を固定化している」
レンの顔が変わる。
「……閉じ込めてるのか」
感情を。
苦しみを。
2090年代の感情市場は、
そこまで狂っていた。
その瞬間。
黒い塔中央が開いた。
ゴォォォ……
巨大感情核。
真っ赤な感情データが脈動している。
《EYES》が最大警告。
《中央同期核確認》
⸻
高濃度感情圧縮体
⸻
接近危険
レンは深く息を吸う。
「……行くしかない」
その時。
感情残滓たちが、
少しだけ道を開いた。
まるで。
“進め”と言うみたいに。
海底電脳世界。
感情の海の奥で。
新人ネットランナー朝霧レンは、
ついに《EMOTION SIREN》の心臓部へ辿り着こうとしていた。




