第百二十二話 「ネットランナー初任務」
長崎港外縁部。
海霧の中で、
《EMOTION SIREN》が低く唸っていた。
ゴォォォ……
感情波が、
長崎電脳居留区へ流れ込んでいく。
坂道市場。
港湾食堂。
屋台街。
人々の日常が、
少しずつ不安に侵され始めていた。
レンは海上施設デッキで、
深く息を吸う。
「……やるしかない」
《EYES》が静かに応答する。
《海底通信層侵入準備》
⸻
接続環境構築中
⸻
新人ネットランナー補助モード起動
「新人って強調するな!」
コメント欄爆笑。
《初任務》
《主人公回》
《レン頑張れ》
その時。
ハヤトが小型端末を投げてよこした。
「使え」
レンが受け取る。
「これ何だ?」
「海上ノーマッド仕様潜航補助機」
《EYES》が即解析。
《違法潜航支援端末》
海底通信層適応型
⸻
感情ノイズ耐性補助
「違法って言った!?」
ハヤトは笑う。
「合法で感情兵器に潜れるか」
「それはそうなんだけど!」
その時。
美玲がレンの前へ来た。
海風が吹く。
赤い瞳が真っ直ぐ向く。
「……帰ってきて」
レンは少し止まる。
「またそれ言うのか」
「大事だから」
レンは苦笑した。
「分かったよ」
その瞬間。
《MAY-LIN LIVE》が静かに流れ始める。
優しい音。
感情安定波。
《EYES》が解析。
《MAY-LIN LIVE》
潜航精神安定補助確認
レンが驚く。
「補助になってるのか」
ハヤトが頷いた。
「お前一人じゃねぇってことだ」
その時。
海上施設中央へ、
簡易潜航装置が展開された。
神経接続コード。
青白い端末光。
ネオン海面が揺れている。
レンは装置へ座った。
心臓が速い。
怖い。
だが。
長崎の街を、
放っておけなかった。
《EYES》が静かに告げる。
《朝霧レン》
《初任務開始》
⸻
目標:
《EMOTION SIREN中央同期核》
⸻
潜航開始
次の瞬間。
世界が反転した。
海。
ネオン。
感情波。
全部が、
デジタルノイズへ変わっていく。
レンは息を呑む。
「っ……!」
そこは。
海底通信層。
暗い海の中へ、
無数の感情データが流れていた。
怒り。
不安。
孤独。
負の感情が、
海流みたいに渦巻いている。
そして。
その中心。
巨大な黒い塔。
《EMOTION SIREN CORE》
《EYES》が警告した。
《警告》
高濃度感情汚染領域
⸻
新人ネットランナー生存率低下
「今言うなぁぁぁ!!」
レンの叫びが、
海底電脳世界へ響いた。




