第十二話 「感情市場」
『感情に支配された人間の姿を』
ノイズ混じりの男の声が、
校内全域へ響き渡る。
赤い非常灯。
警報音。
そして。
廊下の奥で、
赤い瞳をした生徒たちがゆっくりこちらへ歩いてきていた。
「……ヤバすぎるだろ」
レンの喉が乾く。
《EYES》が警告を連続表示している。
『対象群:感情暴走状態』
『外部同期反応』
『同一プログラム感染を確認』
「感染……?」
レンは顔をしかめた。
「感情って感染するもんなのかよ」
「普通はしない」
美玲が低く答える。
「でも《EVA》は人間同士の感情をネットワーク接続してる」
「……は?」
「恋愛傾向。ストレス。購買欲。依存性。全部データ共有されてる」
レンは戦慄した。
つまり。
社会全体が、
巨大な感情ネットワークになっている。
「じゃあ今の暴走って……」
「感情ウイルス」
美玲の表情が険しくなる。
「しかもかなり悪質」
その時。
暴走生徒の一人が叫んだ。
「なんで俺を見てくれないんだ!!」
別の女子生徒が泣きながら笑う。
「好きって言ったじゃん……!」
恋愛感情。
承認欲求。
嫉妬。
依存。
全部が限界まで増幅されている。
レンは寒気を覚えた。
「……これ、配信文化と相性最悪じゃね?」
「だから実験なんだよ」
美玲が唇を噛む。
「“感情市場”の」
「感情市場?」
美玲は廊下の奥を見ながら言った。
「今の企業はね、人間の感情そのものを商品にしてるの」
レンは黙る。
彼女は続けた。
「恋愛配信」
「推し文化」
「依存型SNS」
「感情最適化広告」
「全部、“感情を長く消費させる”ための技術」
遠くでガラスが割れる。
悲鳴。
暴走が校内全体へ広がっていた。
「でもこれはやりすぎだ……」
美玲の声に、
珍しく怒気が混じっていた。
その瞬間。
赤い目をした男子生徒が突進してくる。
「MAY-LIN!!」
「危な――」
だが美玲は一歩前へ出た。
最小動作。
回し受け。
崩し。
そして。
腹部へ鋭い打撃。
「ッ……!」
男子生徒が崩れ落ちる。
レンは改めて戦慄した。
「お前ホント強いな……」
「租界の女の子ナメないで」
だが次々に暴走生徒が現れる。
数が多すぎる。
しかも。
全員が《MAY-LIN》へ異常執着を示していた。
『対象群分析』
『共通感情:依存』
『対象指定:MAY-LIN』
レンの顔色が変わる。
「……おい」
「何」
「これ、お前狙いだ」
美玲の動きが止まる。
「……分かってる」
その時だった。
校内モニターへ、
一つの企業ロゴが浮かび上がる。
白銀の円環マーク。
レンは知らない。
だが美玲の顔色が変わった。
「……嘘」
「知ってるのか?」
彼女は小さく呟いた。
「《LUX》……」
「何それ」
「林グループの競合企業」
レンの背筋が冷える。
「おい待て」
「最悪……」
美玲はモニターを睨む。
「アイツら、“感情依存商品化”を本気で始めたんだ」




