第百十八話 「海底の歌」
長崎港外縁部。
海霧。
停止した物流施設。
ネオン海。
その静寂の中。
《歌唱型感情干渉》
という言葉だけが、
重く残っていた。
レンは思わず聞き返す。
「……歌?」
ノーマッドの男は、
怯えた顔で頷く。
「あれを聞くと」
「感情が引っ張られる」
「不安とか怒りとか」
「全部増幅される」
《EYES》が高速解析を始める。
《海底通信網解析》
異常低周波感情信号確認
⸻
人工感情誘導構造
⸻
音響型Emotion Crash誘発技術
レンの顔が引きつる。
「音楽でEmotion Crash起こしてるのか!?」
ハヤトが低く呟く。
「……感情市場側の技術だな」
美玲も静かに海を見る。
赤い瞳が、
海霧の奥を見つめていた。
「……嫌な音」
その時。
海の下から。
微かに。
本当に微かに。
歌声みたいなノイズが聞こえた。
⸻
♪――――
⸻
途切れた声。
歪んだメロディ。
感情へ直接触ってくるような音。
レンの頭が少し揺れる。
「っ……!」
《EYES》が即防御。
《感情防壁展開》
外部感情干渉遮断
レンは息を吐く。
「今ので!?」
藍華も顔をしかめる。
「普通の人なら危ない……」
その時。
海上施設の作業員たちが、
またざわつき始めた。
「なんだ……?」
「イライラする……」
「うるさい……!」
感情が不安定になっていく。
《EYES》が警告を表示。
《Emotion Crash再上昇》
集団感情汚染開始
「また来る!」
その瞬間。
美玲が前へ出た。
海風が吹く。
ネオンが赤い瞳へ映る。
そして。
静かに目を閉じた。
「……負けない」
《MAY-LIN LIVE》自動接続。
《海上対抗ライブ接続》
同接:18億1000万人
「18億超えたぁぁぁ!!」
レンの叫びが海へ響く。
だが。
今回は誰も笑わなかった。
美玲は静かに歌い始める。
⸻
♪「Listen」
♪「君は一人じゃない」
♪「感情は奪われない」
⸻
優しい歌。
落ち着く声。
海霧の中へ、
光みたいに広がっていく。
すると。
暴走しかけていた作業員たちの呼吸が、
少しずつ戻っていく。
《EYES》が解析。
《感情安定化成功》
MAY-LIN LIVE優勢
⸻
干渉相殺率上昇
レンは息を呑む。
「……対抗してる」
ハヤトも静かに言った。
「感情の奪い合いだな」
その時。
海底方向から。
ゴォォォ……
巨大低音が響いた。
海面が揺れる。
ネオン反射が歪む。
《EYES》が警告を最大表示。
《超大型感情波接近》
海底通信層より上昇
⸻
危険度:高
レンが海を見る。
海霧の下。
暗い海の奥で。
“何か”が、
動き始めていた。




