第百十四話 「海霧の向こう」
長崎電脳居留区・昼前。
市場通りの喧騒から少し離れた、
海沿い高台。
レンたちは、
港外縁部を見下ろしていた。
海霧。
自動貨物船。
海上物流ドローン。
だが。
その奥だけ、
妙に暗い。
《EYES》が海上マップを展開する。
《長崎港外縁部》
通信障害区域拡大
⸻
感情波異常上昇
⸻
海上ノーマッド通信断続
「……増えてる」
レンが呟く。
ハヤトも真面目な顔だった。
「長崎で物流止まるのはまずい」
「そんなに重要なのか?」
「長崎は」
「裏物流も通る」
レンは少し察する。
密輸。
違法回線。
海上ノーマッド。
この街の“裏側”だ。
その時。
黒犬が海を見ながら言った。
「静かすぎる」
風が吹く。
港湾ドローンの音だけが響く。
普段なら、
もっと海上交通が見えるはずだった。
だが。
海霧の向こうが、
妙に沈黙している。
その時。
《MAY-LIN LIVE》通知。
《長崎高台散歩配信》
同接:17億2000万人
「増えてるぅぅぅ!!」
レンが叫ぶ。
「危機感と比例して数字伸びるな!?」
コメント欄爆発。
《景色きれい》
《でも不穏》
《海怖い》
その時。
美玲が静かに言った。
「……感情が濁ってる」
空気が少し変わる。
レンが見る。
「分かるのか?」
赤い瞳が、
海霧の奥を見る。
「怒りとか」
「不安とか」
「いっぱい混ざってる」
《EYES》も同時解析。
《感情波解析》
集団不安感情増加
⸻
Emotion Crash誘発条件接近
ハヤトが舌打ちした。
「誰か煽ってるな」
「LUXか?」
「分からん」
その時。
長崎港上空の巨大ニュースホログラムが変化した。
《速報》
港外縁部海上施設にて暴動発生
⸻
感情同期障害疑い
レンの顔が変わる。
「始まった……」
だが。
その瞬間。
美玲の腹が鳴った。
全員止まる。
「……え?」
美玲は少し気まずそうだった。
「お腹空いた」
「このタイミング!?」
コメント欄爆発。
《平常運転》
《安心した》
《MAY-LIN強い》
ハヤトが吹き出す。
「よし」
「先に飯食うか」
「いや事件!」
「腹減ってると判断ミスる」
妙に説得力があった。
レンは頭を抱える。
でも。
少しだけ緊張がほぐれる。
海霧の向こうでは、
確実に何かが起きている。
それでも。
クルーはまだ、
“日常”を失ってはいなかった。




