後編
王城の大広間に、再び人々が集っていた。
だが今宵の空気は、あの舞踏会とは明らかに異なる。
華やかさの裏に漂う、緊張。そして、何かが決定される予感。
「これより、重要な発表を行う」
玉座の前に立つ国王の声が、広間に響き渡る。貴族たちは一斉に頭を垂れ、その言葉を待った。
その中に、私とレオンハルト殿下の姿もある。
そして、少し離れた位置に第一王子クラウス殿下。
顔色は優れず、どこか落ち着きを欠いている。
当然でしょうね。
ここ数日の出来事を思えば。
地方での混乱は収まらず、むしろ拡大。その責任の所在は、すでに明らかになっている。
さらに――
「まず、第一王子クラウスについてである」
国王の一言で、空気が張り詰めた。クラウス殿下の肩が、わずかに震える。
「度重なる政務の失態、並びに虚偽の報告。加えて、私的な判断による不適切な命令が確認された」
ざわめきが広がる。
もはや、隠しきれる段階ではない。
「これらを総合的に判断し――」
沈黙が、やけに長く感じられた。
「クラウスの王位継承権を、ここに剥奪する」
息を呑む音が、広間に広がった。
「なっ!?」
クラウス殿下が、勢いよく顔を上げる。
「お、お待ちください、父上!それはあまりにもーー」
「黙れ」
短く、しかし鋭い一言。
それだけで、すべてが封じられる。
「王たる者に必要なのは、責任を果たす力だ。お前には、それが欠けていた」
「私は、私はやれます!まだ――」
「機会は与えたはずだ」
静かな声。だがそこに、情はない。
事実だけが積み重ねられている。
言葉を失うクラウス殿下。
その姿に、もはやかつての威厳はなかった。
「続いて、第二王子レオンハルト」
国王の視線が、こちらへ向く。
「これまでの政務への貢献、並びに諸侯からの評価を踏まえ――」
レオンハルト殿下が一歩前へ出る。
「お前を、次期王太子とする」
再び、ざわめきが広がる。だがそれは、先ほどとは違う。納得と、期待を含んだもの。
「謹んで、お受けいたします」
レオンハルト殿下は静かに頭を下げた。その姿に、誰も異を唱える者はいない。
当然でしょう。
すでに答えは出ていたのだから。
「また、それに伴い――」
国王の言葉が続く。
「エレノア・フォン・アルヴェルトを、王太子妃と認める」
一斉に視線が集まる。
私はゆっくりと前へ進み、礼を取った。
「身に余る光栄にございます」
静かに、しかしはっきりと。これで、すべてが定まった。そのときだった。
「・・・エレノア」
かすれた声。振り返るまでもない。誰のものか、分かっている。
「待ってくれ」
足音が近づく。
周囲から制止の声も聞こえたが、構わずに進んできたのだろう。
そして――目の前に現れた。
かつての婚約者。
今は、全てを失った男。
「何用でございますか」
私は静かに問いかける。
感情は乗せない。
必要がないから。
「やり直せないか……?」
やはり、その言葉ですか。
予想通りすぎて、驚きもない。
「・・・どういう意味でございますか」
「お前と、もう一度・・・」
必死に言葉を繋ぐ。
だが、その内容はあまりにも空虚だった。
「私が間違っていた。あの時は、どうかしていたんだ」
伸ばされる手。
縋るような視線。
――けれど。
私は一歩、静かに下がった。
その距離が、すべてを物語る。
「殿下」
ゆっくりと口を開く。
「無理ですわ」
「・・・え?」
短く、しかし明確に否定する。
「殿下は、ご自身の意思で選択なさいました」
一言一言、確かめるように。
「そして私は、その結果を受け入れただけでございます」
静寂が続く。一息空けて、私は告げる。
「やり直す、という前提が成立いたしません」
彼の表情が、徐々に崩れていく。
「そんな」
「申し訳ございませんが」
私は視線を逸らさず、告げる。
「もう、終わった話ですわ」
それが、すべて。
それ以上でも、それ以下でもない。
崩れ落ちるように、その場に立ち尽くす彼。
だが、誰も手を差し伸べる者はいない。
それが彼の選んだ結末。
私はレオンハルト殿下のもとへ戻る。
「お待たせいたしました」
「いや」
彼は穏やかに首を振った。
「必要なことだった」
短い言葉。だがそこには、確かな理解があった。
私はそっと微笑む。そして、並び立つ。王太子と、その妃として。
広間には再び音楽が流れ始める。今度こそ、本当の意味での祝福の旋律。
その中で、私は思う。
――過去は終わった。
だからこそ、前へ進める。選び取った未来へ。迷いは、もうない。
静かに幕を閉じた一つの物語の、その先へと――。




