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婚約破棄?とっくに破棄されてますが何か?  作者: クロネコ


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中編


あの夜会から数日。王城の空気は、目に見えて変わっていた。もっとも、変わったのは状況であって、私のすることは何も変わらない。


「こちらが本日の報告書でございます」


差し出された書類を受け取り、軽く目を通す。


財政、流通、地方領の収穫状況。いずれも重要な案件だが、致命的な問題は見当たらない。


「順調ですわね」


「はい。殿下のご指示が的確でしたので」


控えていた文官が頭を下げる。


その視線の先にいるのは、第二王子レオンハルト殿下。


「エレノアの助言があってこそだ」


彼は控えめにそう言って、書類に視線を落とした。


「私は事実を申し上げているだけですわ」


「それが難しいのだがな」


小さく笑うその横顔は、落ち着いていて、無駄がない。


・・・やはり、この方を選んで正解だった。


そんな確信が、改めて胸に広がる。


一方で


「なぜだ、なぜこんなことになる!!」


同じ王城の中で、荒々しい声が響いていた。第一王子、クラウス殿下の執務室である。


「殿下、こちらの書類ですが・・・」


「後にしろ!今はそれどころではない!」


差し出された書類を払いのける。


床に散らばる紙片。それを拾おうとした文官は、困ったように視線を伏せた。


「では、こちらの件だけでも。地方貴族からの抗議が――」


「知らん!そんなもの、適当に処理しておけ!」


苛立ちを隠そうともせず吐き捨てる。その様子を、周囲の者たちは黙って見ているしかなかった。


かつてなら・・・違っただろう。


誰かが的確に指示を出し、混乱を収めていたはずだ。


だが、今はもういない。


「・・・くそっ!」


クラウスは机を叩いた。

脳裏に浮かぶのは、あの夜会の光景。


冷静に微笑むエレノア。そして、彼女の隣に立っていた第二王子。


「なぜ、あいつが」


理解できない。

いや、理解したくないのだ。


エレノアは自分のものだったはずだ。自分が捨てる側で、あちらが捨てられる側のはずだった。


それなのに。


「殿下」


甘い声が、背後からかかる。


振り返れば、あの夜会で腕を絡めていた令嬢、リリアーヌが立っていた。


「そんなに難しい顔をなさらないでくださいませ」


「・・・リリアーヌか」


彼女はそっとクラウスの腕に触れる。


「政務など、下の者に任せてしまえばよろしいのですわ。殿下はもっと、楽しいことをお考えになるべきです」


「だがーー」


「それより、今度の夜会での衣装のことですが――」


話題は軽やかに逸らされる。

重要な問題から、目を背けるように。


クラウスは一瞬ためらい、そして。


「・・・そうだな」


頷いてしまった。

その選択が何を意味するのか、理解しないまま。


――結果は、すぐに現れる。


数日後、王城の一室。


「これはどういうことだ、クラウス」


低く響く声。


玉座の間にて、国王が書類を手にしていた。


「地方領での徴税に誤りがあり、暴動寸前だと報告が上がっている」


「それは、下の者が勝手に――」


「責任を部下に押し付けるのか?」


ぴたり、と言葉が止まる。


周囲の空気が重くなる。


「以前は、このような不手際はなかったはずだが」


その言葉に、誰もが同じ人物を思い浮かべた。


――エレノア


クラウスの婚約者として、裏から政務を支えていた公爵令嬢。彼女がいなくなってから、明らかに歯車が狂い始めている。


「くそっ!」


クラウスは歯を食いしばった。


「一時的なものです!すぐに立て直してみせます!」


「そうか」


国王は短く答える。


だがその目に宿る光は、決して以前と同じではなかった。


疑念。


そして――評価の揺らぎ。


それを感じ取りながらも、クラウスにはどうすることもできない。何が間違っているのかすら、分からないのだから。



一方その頃。


「殿下、こちらの案はいかがでしょう」


私は静かに新たな書類を差し出した。


「隣国との交易に関する条件を、わずかに見直しております」


「・・・なるほど」


レオンハルト殿下は目を細める。


「これならば、相手側の譲歩も引き出せるな」


「はい。互いに利益がある形でなければ、長続きいたしませんもの」


短い会話。


だがそれだけで、方針は定まる。


迷いがない。


「やはり、君は優秀だ」


「光栄でございます」


頭を下げながら、私はふと視線を上げる。窓の外、遠くに見える王城の別棟。あそこに、かつての婚約者がいる。


――けれど。


「どうかいたしましたか?」


「いいえ」


私は微笑んで首を振った。


「少し、昔を思い出しただけでございます」


もう関係のないこと。

振り返る価値すらない過去。

そう、思っていたはずなのに。


――その日の夕刻。


「エレノア!」


突然、名を呼ばれた。


振り返れば、そこに立っていたのはクラウス殿下。


息を切らし、焦りを隠せない様子で。


「殿下。いかがなさいましたか」


礼儀に則り、静かに一礼する。その態度が、彼には気に入らなかったのだろう。


「・・・ずいぶんと、他人行儀だな」


「当然でございますわ」


私は迷いなく答える。


「すでに婚約は解消されておりますので」


「それはーー!!」


言葉に詰まる。


自分で突きつけたはずの事実に、追い詰められている。


「エレノア」


やがて、低く絞り出すように言った。


「お前なら、できるだろう」


「何を、でございますか?」


「政務だ。あの頃のように、手伝え」


――ああ。


思わず、心の中でため息をつく。

ここまで来ても、まだ理解していないのね。


「殿下」


私はゆっくりと顔を上げる。


「それは、命令でございますか?」


「っ、いや、その」


言葉が揺れる。


立場も、覚悟も、すべてが曖昧なまま。


「でしたら、お断りいたします」


はっきりと、告げた。


「私は現在、レオンハルト殿下の婚約者としてお仕えしております」


「だが、以前は――」


「以前の話でございますわ」


言葉を遮る。


静かに、しかし確実に。


「過去は、すでに清算されております」


そして一歩、距離を取る。


「どうか、ご自分の責務をお果たしくださいませ、第一王子殿下」


その呼び方に、彼の顔が歪む。


もう戻れない位置まで来ているのだと、ようやく理解したのだろう。


「・・・エレノア」


伸ばされた手は、届かない。

私はそれを見つめることなく、背を向けた。


――失ってから気づく。


それはよくある話。けれど。


あまりに、遅すぎますわ。心の中でだけ、そう呟く。


そして私は歩き出す。


今の自分が進むべき場所へ。


振り返ることは、もう二度とない。

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