第12章 言えなかった理由の形
教室に戻るまでの道のりは、やけに短く感じた。
さっきまでの会話が、頭の中で何度も繰り返される。
――見てた。
――前から。
――あなたの配信。
それだけで十分だった。
けれど同時に、足りていない。
重要な部分が、意図的に抜かれている。
白石澪は、何かを隠している。
しかも。
それは“言いたくない”ではなく、“言えない”類のものだ。
「神谷?」
席に戻ると、水瀬陽菜が覗き込んできた。
「大丈夫?」
「何がだ」
「なんかさっき、ちょっと空気変じゃなかった?」
やっぱり気づくか。
こいつの観察力は、こういう時に厄介だ。
「別に」
短く返す。
「白石さんと何の話してたの?」
「グループワークのことだ」
半分は嘘じゃない。
けれど、本質からは遠い。
「ふーん」
納得したような、していないような顔。
それでも、それ以上は踏み込んでこない。
「ならいいけど」
軽く笑って、話題を切り替える。
「今日の授業、だるそうだよね」
「いつもだろ」
「まあそうだけど」
日常が戻る。
けれど。
完全には戻らない。
さっきのやり取りが、確実に残っている。
ふと。
視線を横に向ける。
白石澪。
もう何事もなかったかのように席についている。
本を開いている。
けれど。
ページは、しばらくめくられていない。
指先が、わずかに止まっている。
――考えている。
さっきの会話の続きを。
俺と同じように。
*
その日の放課後。
グループワークの続きは、予定通り行われた。
けれど。
空気は明らかに違っていた。
水瀬はいつも通り。
明るくて、軽くて、遠慮がない。
その存在があるから、場は成立している。
けれど。
俺と白石の間には、見えない壁ができていた。
壊れたわけじゃない。
むしろ逆だ。
――近づきすぎたせいで、慎重になっている。
「ここ、もうちょい具体例入れた方がよくない?」
水瀬がノートを指差す。
「SNS依存のとこ」
「そうだな」
俺が頷く。
「数字とかあった方が説得力ある」
「白石さん、なんかデータあったりする?」
自然な流れで振られる。
白石は少しだけ間を置いてから。
「……ある」
スマホを操作する。
画面を見せる。
整理された情報。
正確で、無駄がない。
「さすが」
水瀬が感心する。
「めっちゃちゃんとしてるじゃん」
「……普通」
短く返す。
けれど、その声はほんの少しだけ硬い。
意識している。
こちらを。
俺も同じだ。
無意識に視線を避ける。
必要以上に、踏み込まないように。
そんな空気が、しばらく続いた。
やがて。
「ねえ」
水瀬がふと顔を上げる。
「このあとさ」
「なんだ」
「ちょっとだけ残れる?」
「まだやるのか?」
「いや、違う違う」
手を振る。
「ちょっと話したいことあって」
その言い方。
少しだけ引っかかる。
「三人で?」
「うん」
軽く頷く。
けれど、その目は少しだけ真剣だった。
――何かあるな。
そう直感する。
「いいけど」
「……いい」
白石も小さく答える。
それで決まる。
*
夕方。
教室には、ほとんど人がいなくなっていた。
窓から差し込む光が、長い影を作る。
三人で机を囲む。
さっきまでと同じ配置。
けれど、空気が違う。
「で、話って?」
俺が切り出す。
水瀬は少しだけ考えるように視線を落としてから。
「……二人さ」
ゆっくりと口を開いた。
「なんか隠してない?」
その一言。
空気が、止まる。
予想していた。
けれど。
こうも直球で来るとは思っていなかった。
「急だな」
俺が軽く返す。
「急だけど」
水瀬は笑わない。
「なんかさ、最近変じゃん」
視線が、俺と白石を順に見る。
「距離近いのに、逆に変に気使ってる感じ」
正確すぎる指摘。
言葉に詰まる。
白石も、何も言わない。
「別に責めてるわけじゃないよ」
水瀬が続ける。
「ただ、ちょっと気になっただけ」
その言い方は優しい。
けれど、逃げ場はない。
俺は少しだけ考える。
ここでどう答えるか。
全部話すか。
それとも。
「……大したことじゃない」
結局、そう言った。
嘘ではない。
けれど、真実でもない。
「そう?」
水瀬が首を傾げる。
納得していない。
当然だ。
そこで。
「……違う」
白石が、ぽつりと口を開いた。
視線が集まる。
少しだけ震える声。
「大したこと、じゃないけど」
言葉を選ぶ。
「……ちゃんと話さないと、ダメなこと」
その一文。
はっきりとした意思。
逃げない。
そう決めた声だった。
俺は、何も言わない。
水瀬も、黙っている。
白石が、ゆっくりと顔を上げる。
その目には、迷いと覚悟が混ざっていた。
「……私」
呼吸が、一度止まる。
そして。
「……配信、してる」
言った。
静かに。
けれど、確実に。
空気が、変わる。
ついに。
境界線が、壊れた。
隠していたものが、形になる。
水瀬の目が、大きく開かれる。
「……え?」
驚きの声。
当然の反応。
白石は、視線を逸らさない。
逃げない。
そのまま続ける。
「……名前は、違うけど」
小さく息を吸う。
そして。
「ルミナ・レイ」
その名前が、教室に落ちた。
現実と、画面の向こうが。
完全に重なる。
もう、戻れない。
隠していた理由も。
言えなかった気持ちも。
これから、全部向き合うことになる。




