第5話 群れ(1)
AI利用状況の開示が必須化されるそうですね。私の作品は区分でいうと補助的利用です。誤字脱字を見てくれるの本当に便利ですよね。もしよければ読んでいってください。
サクラたちがやっと群れに戻った頃には、もう日が山裾野に落ちかけていた。
空が橙の光に染まり、北の空には深い濃紺の夜の兆しがあり、力の強い星や星環線が軌跡を描き出している。
木々の隙間から、細くたなびく煙が見え、食べ物が焼けるにおいが風に乗ってした。
三人とも、どことなく足早になり、だんだんと煮炊きの音や子供たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
レイが軽く草木をかき分ける。群れの周りを囲って作った、葦の束でできた塀が見えて、サクラは群れに戻ってきたことを実感して、少しだけ肩の力を抜いた。
葦の塀は背丈ほどの高さがあった。入り口はただ一か所だけ開いた隙間があり、サクラたちはその隙間に体を滑り込ませるように入った。目の前には煮炊きをはじめている焚火の広場とその周りに巣が転々と並んだ、いつもの群れの光景が出迎えた。
「おっ、帰ってきたよ!!」
広場の周りを走り回っていた子供たちが、レイの姿を目ざとく見つけ、指をさし、周りの大人たちに大きな声で声を掛けると、すぐさま、だだだだと駆け寄ってくる。
真っ先に飛びついた子供たちが、体当たりしながらレイの腰にしがみつく。
「いってぇなあ!」
「レイ!! なんかないの!?」
「まずごめんなさいだろっ! ほら、これ食ってろ! 邪魔すんなっ、順番だ!」
わらわらと集まった子供たちに、レイが鬱陶しそうにしながらも森で集めた果物を、一人一人に手渡していく。子供たちが歓声をあげてそれを受け取り、大騒ぎしながら方々に走り出していった。
ロダはそれをにこにことレイを見やり、サクラは子供の勢いが苦手で、少し遠巻きに見ていた。
干してもすぐに傷んでしまうような果物は、こうしてすぐ子供たちの手に渡してしまう。夕食の量は十分ではないし、なにより、これから来る冬のために、少しでも幼い子たちは肥ゆらせたかった。
子供たちの大騒ぎに気付いた大人たちが、レイを含めたサクラたちにお帰りと手を振る。焚火の周りで、今夜の夕食と、冬の貯えになる木の実の選別や魚の干物づくりをしていた。その中で一人、勢いよく立ち上がる人影があった。
「こらレイっ!! こんな時間までどこ行ってたの!?」
「あ゛―、ねえちゃん」
うめき声をあげながら、レイがあからさまに顔をしかめる。
レイの姉であるライが、レイの様子に構うことなく、ずんずんとこちらに歩いてくる。その勢いに、走り回っていた子供たちもささっと道を空けた。
「日が暮れる前には帰りなさいっていつも言っているでしょ! 危ないことばっかりして! 魔獣が出たらどうするのよ!? だいたいあんたはいつもサクラちゃんまで連れて行ってあんたがどうにもできない状況になったら、」
「だあーからっ、帰ってきただろ! うるさいなっ」
「うるさいですって!?」
一瞬自分の名前が出て、サクラは肩をびくりと固くさせた。
レイの強い口調を、サクラははらはらとみていることしかできない。
レイの悪びれない様子にライの目が吊り上がる。レイがふいとライから視線を逸らした。
「俺のことはいいから大声出すなよ! ……おなかに障るだろ」
初めは大声で言い返し、最後の言葉がぶつくさと口の中で小さく発せられたが、それを聞き取ったライがはっとしたようにお腹に手をやった。
サクラの見た限りではまだ服の上からはわからなかったが、ライのお腹はいまはもう膨らみ始めている頃だろうことはうかがえた。
「じゃあ、あんまり心配かけさせないで。……ロダも、弟にあまり無理をさせないで頂戴」
怒りと心配の矛先が、今度はロダに向かったようだ。ふいに矛先を向けられたロダが、びっと姿勢を正し、それからライに向けて申し訳なさそうに柔らかく微笑んだ。
「すみません、お姉さん。僕が足を引っ張ってしまって遅くなったんです。次はもう少し早く帰るように気を付けます」
ライがロダの返答に一通り気が収まったのか、腰に手を当てて大きくため息を吐いた。
そのライの後ろに、体格のいい男が来ていて、ライの肩にポンと手を置いた。ライの今度の子供の父親、ガルだ。
「まあまあ、若い男にはよくあることだし、君の弟は優秀な狩人だ。大丈夫さ! 魔獣もちょいと避けて歩けるって」
ガルが豪快に笑い、今度はレイの肩に無理くり手を回して引き寄せて、そのままバシバシと無遠慮に叩き始めた。
「うっるせえ! やめろっ! あたま触んなって!」
ガルが頭まで撫で始めるのをレイが腕を強く振って拒絶するが、いつものようにガルは気にも留めていないようだった。
「甘やかさないで! レイも、もう自分の子供が群れにいてもいい年なんだから。遊び歩いてないでいい加減お姉ちゃんを安心させて頂戴っ!」
「……っるせぇ」
ライの鋭い言葉に、反論するレイの言葉は弱々しいものだった。ガルの手を避けたあと、あたまの撫でられていたところを自分の手でガシガシと掻いている。
その話題の気まずさに、サクラは誰とも視線を合わせられず、あらぬ方向を向いた。ロダも同じだったようで斜め少し上の木を見ているのが、視界の端に映った。
そんなサクラたちの横を小さな影が横切った。
とととっと歩くその影は、先ほどの子供たちと同じようにレイの腰にがしりとしがみ付いた。
「レイにいちゃん……おかぁり」
舌ったらずな口調で言い、にかりと笑う。ライの一番目の娘のリルだった。
「ああ、リル。ただいま」
レイの表情が途端に柔らかくなる。リルが手を伸ばすのでレイが自然とリルを抱きかかえる。リルは嬉しそうにレイの頬にムニムニとほっぺを擦り寄せた。
「にいに、ごはんだよ?」
リルが焚火のほうを指さす。
今日の食事の準備はあらかた終わっているのだろう。焚火のほうからはいい匂いが漂ってきている。自分たちの集めてきた果実も加えれば今日はいい量になるだろうが、準備を手伝えなかったサクラはどこか申し訳なさを覚えた。
「そうだな、ごはんにしよう。ロダ兄、先行ってんな。サクラも、おばばちゃんと連れて来いよ」
そう言ってレイはリルを連れて先に焚火のほうへそそくさと足を進める。
「あ、レイ! まったくもう、ごまかすのはほんっとに上手いんだから」
ライがそう文句を言いながら、また、焚火の前の作業に戻っていった。ライをなだめながら、優しく肩に手を添えて、ガルもそれに連れ立っていく。
「サクラ」
ロダに呼ばれて、サクラはロダのほうに振り返った。
「今夜もやるから、僕の家においでね」
「……うん、わかった」
ロダの言葉にサクラは頷いた。
「おーいロダ!」
群れの男の一人がロダに遠くから呼びかけた。
「なんですかー?」
ロダも大声で呼びかける。
「お前の言ってた“ほぞんしょく”! あんま上手くいかないんだけどどうしたらいい!」
「いま行きますっ! じゃあサクラ、また夜にね」
そう言って、ロダは大人たちの間に駆けていった。
「……うん」
ロダの後姿に、声を掛けるように、サクラは呟いた。
ロダが大人たちの輪の中へ消えていくのを見送って、サクラもおばばの待つ巣へと歩きだす。広場の焚火を遠めに見ながら、サクラは巣と巣の間を通り抜けた。
広場の、大人たちの話し声や、子供たちの笑い声が、少し遠くなる。
他の巣から少し離れた場所。
藁囲いのそばの、小さめの巣。
捨て場に近いせいで、風に乗って時折嫌な匂いがかすかに流れてくる。臭い臭いとよくおばばが文句を言っている。
巣の前には、いつものようにおばばが座っていた。
古びた毛皮を膝に、丸太の上に腰を下ろしている。悪い足をかばうように、片方の足を少し投げ出していた。
手には作りかけの編み物を持ち、せわしなく指を動かしている。
おばばが、サクラのほうを見るなり、深いしわだらけの顔をしかめた。
「……遅かったじゃないか」
低くしゃがれた声。
怒っているようにも、ただの確認しただけのようにも聞こえる。
おばばの白く濁った瞳が、斜め下からサクラをじろりと見上げた。
「ごめんなさい」
反射のように謝ると、おばばが深いため息を吐いた。
「謝るくらいならさっさと帰んな。……まったく、女のくせに外を歩き回りおって。もう、飯の時間だろう。早く連れて行け」
「……はい」
サクラはおばばの腰に手を回して、おばばが立ち上がるのを助けた。
おばばの手に杖を握らせて、サクラはおばばの腰を支えようとするが、おばばがそれを払う。
「いいっ! 歩けるがな!」
おばばがそう言うが、サクラはそっとおばばの腕を掴んだ。ふんっとおばばが鼻から息を出すが、サクラのそのままにさせるので、サクラはそのまま歩きだした。
まだ、おばばは気丈に振舞っているが、少しずつ、こうして歩けなくなってきている。
(もし、おばばが歩けなくなったら)
暗い感情が胸の奥から湧き出そうになるのを、サクラはおばばにばれないように下唇を口の中で噛んでごまかす。
途端におばばがぐりっとこちらを見やるから、サクラはぎょっとした。
なにを考えているか見透かしてくるようなおばばの視線が苦手で、サクラはふいと逸らした。
「……はあ、お前もいい年だろう。そろそろ子を成して、群れにしっかりと加わったらどうだ? ……あれや、レイはどうだ? どうせ今日も一緒にいたんだろ?」
「……レイは、…………そんなんじゃない」
サクラがそう言うと、おばばが特大のため息を吐くので、サクラは身を強張らせた。キッとおばばの眦が上がる。
「まだそんなことを。お前は女なんだから、狩りだのなんだのは男どもに任せておけばいいのに、わざわざ危ないことをしなくていいだろう。いい加減落ち着きなさい」
「…………うん」
おばばの言葉がちくちくと胸に刺さる。
男は替えが利くと、おばばは言外にそう言う。外に行くのはいつも男で、女は群れの中で作業をしながら子供たちとそれを待つ。実際に、外でけがをしたり帰ってこれなかったりするのはいつも男ばかりだった。
ロダと、レイが、帰ってこなかったら。
それを思えばサクラはまだ二人に付いていったほうがよほど気が楽に思えた。
サクラの気持ちが暗く沈む。
おばばがまたため息をつくのが聞こえる。
「……レイが嫌ならロダでもいいだろう。あいつは狩りができないが、群れにはもう必要な存在になっている。あれだ、……ほかの群れからいい男をもらってきてもいい」
おばばの言葉に、サクラは強くかぶりを振った。
「いらない。大丈夫だから……」
何がどう大丈夫なのか説明できないまま、サクラはそう言うしかなかった。
おばばのため息がまた聞こえた。
そのまま、黙ってしまえば、おばばの杖を突く音が、ごつ、ごつと聞こえる。
ざりざりと、引きずられる片足の音が続く。
おばばの足を引きずる音がやけに強く聞こえて、サクラは耳をふさぎたくなった。
そんなことをすれば、聡いおばばはすべてを見透かしてしまうだろうことがわかっているから、サクラはただ、黙々と歩みを進めた。
どうせ、焚火はもう目の前だ。




