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第9話 保護

※本話には一部、暴力・残酷な描写が含まれます。


「あああああああああ!!」


 背後から巨大な絶叫が聞こえて、サクラはびくりと体を硬直させた。

 目の前で何が起きているのかわからないのに、ライの悲鳴だけがはっきりと耳に届く。


 サクラの横を走りぬけたライの目の前で、毛深いその壁のような巨体は、やすやすとリルの体を掴み持ち上げた。


――獣人だ。


 しびれるような混乱の中で、サクラはそれだけを思う。


「だめ!!!!かえして!!!!!かえしてよ!!!!!」


 ライが爪を立ててその巨体に縋りつき、リルへと手を伸ばす。けれど、指先さえ届かない。


 獣人はリルを近くの檻へ入れると、今度は縋りつくライの腕を掴んだ。


「リル!! リル――!!」


 軽々と持ち上げられたライが、檻の中で無表情のまま固まるリルに必死に手を伸ばす。


『おい! 腕を持つな! かわいそうだろう!』


 別の獣人が駆け寄ってくる。

 黄色い、変に目立つ服を着たそいつらは、つるりとした見慣れない防具を頭に被り、手には何かの武器を持っていた。


『何やってんだよ? ほら、大人の人間はあっちの檻に入れろよ』


 ライの叫びはまるで届かず、ライはリルとは別の檻に入れられる。

 その檻にはもう、何人か群れの仲間が入れられていた。格子を掴み、泣きながら助けを叫んでいる。


――これが、獣人なんだ……。


 檻の中で、リルが泣き叫びはじめる。


――たすけ、ないと。


 サクラは檻に向かって手を伸ばす。


「サクラ!!!」


 おばばの怒声が後ろから聞こえて、サクラは振り返った。


「なにやっているんだ!! 逃げろ!!」


 振り返った先、おばばのすぐ横にも獣人が立っていた。


『老人はどうする?』

『……連れて行っても、……引き取られなければ殺処分だろう?』


 サクラの耳に、聞き覚えのある獣人語が飛び込んでくる。

 ロダと勉強していたから、言っていることは何となくわかった。


 なのに、その言葉の意味を、頭が理解してくれない。


『怖くないよー』


 サクラのすぐそばにいた獣人が、サクラの両脇を抱えて持ち上げた。

 後ろを振り返れば、目の前にずらりと牙が並び、サクラは慄いた。


『や、やめてください』


 サクラは自分を掴むその獣人に、ロダから教わった獣人語で話しかけた。


 その獣人が小首を傾げた。


『この子大人しいよ? 鳴き声かわいいなあ』


──伝わらない。


 獣人が、仲間に声をかけながら、サクラを檻へと入れていく。


 群れの子どもたちが何人も入れられており、格子を必死に掴んで震えている。


 サクラはリルを探す。

 リルは、別の檻に入れられているようだった。


 檻に入れられた途端、ぐんと足元が沈んだ。

 思わず格子にしがみつく。

 檻は地面に落ちることなく、ガタガタと揺れながら浮かび上がった。

 檻の脇にある見慣れない機械から、何かが勢いよく噴出している。鼻を突くような、埃っぽい匂いがする。


 ぐうんと檻が動き、広場から遠ざかっていく。おばばの姿も遠くなる。


 檻をぐっと掴み、サクラはその姿を見つめる。


 おばばが愕然とした表情で、サクラに向かって手を伸ばす。

 動かない足を引きずりながら、それでも追いかけようとしている。

 けれど、その姿はすぐに巣の間に入って見えなくなった。


 檻は群れの入り口近くまで運ばれると、そこでいったん止まった。

 辺りには、同じように浮かぶ檻がいくつも見えた。

 抵抗する大人たちや捕まる人の叫び声があちこちで聞こえる。


 同じように獣人達に捕まり、檻の中へ入れられる子供や大人たち。

 獣人に立ち向かい、弓を向ける男たちの姿。

 放たれた矢が、何かにぶつかってぱらぱらと地面に落ちる。

 獣人達が手に持った武器を男達へ向ける。

 次々と男たちは倒れていく。


 無言で、ただ震えることしかできない。

 檻の蓋が頭上で開くたびに、捕まった子供たちが、次々と檻の中へ入れられる。


『おい、こっちの檻はもういっぱいだぞ』

『……わかった』


 獣人達が頭上で話しているのが聞こえた。


「……おい、あそこにいるの、人間だぞ!」

「お願い! 助けて!」

「ここから出して―!」


 大人たちの入れられた檻のほうから、仲間が口々に叫び始めて、サクラは顔をあげた。

 熊のような姿をした獣人。その隣に、自分たちと同じつるんとした肌を持つ男が立っている。


――違う。


 ちらりと見て、サクラはうつむいた。


――あれは、人間じゃない。


 ロダに聞いたことがあった。

 人と見た目がほとんど変わらない獣人もいるのだと。


 獣の耳を持ち、人と同じような肌。

 けれど言葉も通じず、体格も違う。


『お前が来たら鳴き始めたぞ? やっぱり、人間には好かれるんだな? はっは!』

『うるさい』


 ガシャンと大きな音を立てて閉められる檻の扉。

 助けを乞う声は、獣人にはまったく届かなかった。


 檻は空中を流れるように進み、サクラたちを運んでいく。


 群れの入り口のほうへ向かっているようだった。


 葦で作った塀が軒並み倒されており、その先には踏み荒らされた森が見えた。


――これで、群れは、おしまいなの?


 サクラがそう思った時だった。


「サクラっ!!」


 レイの声だ。

 声の聞こえたほうへ視線を向ける。

 川べりから這い上がったレイが、ずぶ濡れの姿でこちらを見ていた。


 視線が合う。

 ふっと、レイの強張った頬が緩んだ。

 それにつられて、サクラも思わず微笑んだ。


――よかった、まだ捕まってない!


 レイなら、今すぐに森へ逃げ込めば、きっと逃げ切れる。


 レイの視線が檻へ向く。

 その表情が変わる。

 レイがわき目も振らずにこちらへ向かって駆け出してくる。


「だめレイ!! 逃げて!!」


 サクラは声の限り叫んだ。

 レイに声は届いているはずなのに、レイは止まらない。

 檻のすぐそばにいる獣人の姿も、見えているはずなのに。


 レイの前に、獣人が立ちふさがる。


「レイ!! だめ!!」


 距離を詰めながら、レイが弓に矢をつがえる。

 一瞬足を止め、弓を引き絞った。


 矢が鋭く風を切り、まっすぐ獣人へと飛ぶ。

 けれど、見えない何かにぶつかり、そのまま地に落ちた。


「ちっ!」


 レイが舌打ちをする。


 獣人があの、見慣れない武器をレイに向けた。

 レイが横へと飛ぶ。


「──っ!」


 何も見えないのに、レイの体がびくりと跳ね、そのまま受け身も取れず、地面へ激しく落ちる。


 ひゅ、とサクラの喉が鳴る。


「……レイ、……レイ!!」


 動かない。


 レイに武器を向けた獣人が、じりじりとレイに近づく。

 武器の先で、レイの体を突く。

 それでも、レイは動かない。


「やめて!! レイ、起きて!!」


 獣人がレイの腕を掴み、そのまま檻へ向かって引きずり始める。


「レイ!!!」


 サクラがそう叫んだ瞬間だった。

 レイの目がカッと見開き、サクラと目があった。

 

 レイがぐっと腕だけで体を起こした。

 足は力なく地面を引きずっている。

 それでも、自分を掴む獣人の腕にしがみつき、がむしゃらに暴れる。


『なんだこいつ!?』


 獣人はレイの腕を掴んだまま、その身体を高く持ち上げる。


 レイが腰の矢筒から矢を引き抜き、獣人の腕へ深々と突き刺した。


『いってえ!!』


 獣人の吠え声が響く。

 大きく開いた口の中に、ずらりと牙が並ぶ。

 次の瞬間、その牙がレイの肩口に食い込んだ。


「――――っ!」


 息が止まる。


 レイの肩が、獣人の大きな口にすっぽりと咥え込まれている。

 レイの体が、びくりと跳ねた。

 

 獣人がレイを咥えたまま、激しく頭を振る。


 レイが、木片のように振り回される。

 ふいに牙が離れ、勢いのついたレイの体が宙を飛んだ。


 遠くの地面に叩きつけられ、大きく跳ねた。


 レイは、もう動かなかった。


 その体の下に、赤い血が、じわじわと広がっていく。


「いやあああああ!!」


 格子にしがみつき、サクラは叫ぶ。


「レイっ!! レイ!!!」


 いくら呼び掛けても、レイの体は動かなかった。


『おい、お前! 保護動物傷つけたら罰則あるんだぞ?』


 どこかから獣人の声が聞こえる。


『いいだろ別に。報告しなきゃいいだけだ。どうせ誰も、こんな保護区域の奥まで来やしないって!』


 口元を赤く染めた獣人が、ペッと唾を吐いた。


 サクラは、格子の隙間からレイに向かって腕を伸ばす。


「レイ、いやあ! レイ!!」


 泣いても喚いても、格子から出ることはできず、レイに手は届かない。


 サクラの入った檻は、また宙を浮き進み始める。

 壊れた葦の塀を越える。


 レイの姿は、見えなくなった。


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