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第8話 崩壊(1)


 サルタは助手席に深く座り、頬杖をついて窓外を見ていた。


 ガタンガタンと揺れる車内で頬杖をついていると舌を噛みそうだったが、あまりにも気の進まない仕事にそうせずにはいられなかった。


 山道を進むトラックの一群。

 檻を積んだ荷台付きトラックが数台走り、その先頭を走る移送車には、今日作業する作業員が二十人程度乗っている。

 熊族、猪族、狐族。多種多様な種族だが、自分のような狼族の獣人は乗っていない。


――群れの結束を重んじる狼族が、こんな単発の汚れ仕事などプライドが許さないのだろうな。……まあ、自分以外だが。


 窓に映る自分の姿。

 ぼさぼさにうねった黒髪。その上に乗るツンと尖った狼の耳。

 そして、毛のないつるんとした頬の皮膚を見て、深くため息をついた。

 牙もない、爪もない。しっぽすら母親の腹に置いてきてしまった、間抜けな自分の姿に辟易とする。


「……すぐ終わるさ。魔法も使えない劣等生物だぞ」


 運転する熊族の同僚がため息に気付き、そう声を掛けてくる。

 サルタは返事をせず、またため息だけをついた。

 背を丸めて運転する同僚は、その様子に苛立ったのか、どこか忌々しげに言葉を続ける。


「……まあ、お前は未分化だもんな?」


 その言葉に狼の耳はピクリと反応する。


「おんなじ見た目の生き物を檻に入れるのは、気が引けるだろう?」


 同僚がそう言って牙を見せながら笑い始めたところで、サルタはガンとグローブボックスを蹴り、両足を組みながらダッシュボードの上に置いた。


 同僚が体をびくりと跳ね上げながら、ぼりぼりと毛深い耳の下を掻く。


「お前ほんと、牙もないくせに気概だけは一丁前だよな」


 お前は図体ばかりでかいくせに気が小さいな、とサルタは心の中で同僚を嘲った。


 そのまま、また車窓を眺める。

 木々が見えるだけで、何もない。鬱蒼とした森。


 ルームミラーに映った荷台には、黒光りする大きな檻が乗せられている。

 サルタは眉を顰め、ただそれを眺めた。


「しっかし、ほんとに面倒だよな」


 熊族の同僚は、サルタが露骨に不機嫌な態度を取っているというのに、まるで気にした様子もない。


「保護対象だか何だか知らないが、見つけたら現場まで止めて探さないといけないなんてよ」


 サルタは頷きもせずただ聞き流す。


「保健所がやればいいのにな。役人はこれだから。知ってるか? 人間を保護したら軍事施設に連れて行って、訓練して、今度の戦争では生物兵器にするって話だぜ」


「……ただのデマだろ」


 しつこく話しかけてくる同僚に根負けし、サルタは返事を返す。


「魔動器も使えない生き物に、なにができるんだよ」


 魔力を持たない異質種。

 スイッチ一つすら動かせない、不完全な存在。


「そりゃお前、走らせて、遠隔操作で、こう、ボンってやるんだろ?」


 同僚の野卑な想像力に、サルタは再びため息をついた。


「まあ、こうやって山の中で生きていくより、獣人に飼われたほうが人間も幸せだろう。これも一種の慈善活動だな!」


 にやにや笑う同僚が、一人でそう結論付けるのを横で聞き流す。

 慈善事業だか、保護活動だか知らないが、面倒という一点だけは同意できた。


「お、ついたみたいだな。はあーしっかし、山登りは趣味じゃないんだがなあ。仮設道路作ってから捕獲に行けばいいのによお」


「……それだと逃げられるだけだろう」


 同僚の言葉に思わず突っ込んでしまう。


「それもそうだな! 認識阻害器は持ったか? これ結構高いから、壊したら現場長に怒られるからな。気を付けろよ」


 認識阻害器。

 カモフラージュ用に先の戦争で開発されたものだと聞いている。

 その後、認識阻害を見破る魔動器が開発され、すぐに廃れた。今では化石のような代物だ。

 

「……魔力の無い獣にも効くのか?」


 サルタの疑問に同僚はすらすらと答える。


「直接見られるとダメなんだがな。人間は魔力素が見えないらしいから。ただ、気配を誤魔化すくらいなら効くらしいぞ」


 それに、と装備を手に持ちながら同僚が続けて答える。


「森には野獣も魔獣もいる。ほら持て、行くぞ」


 そう言って同僚が装備を手渡してくる。

 サルタはそれを持って車外に出た。


 車幅ぎりぎりに作られた道路を抜けると、思ったよりも広い空間に出た。

 元は獣人が住んでいた村があったらしい。雑草の間にちらほらと廃屋が見える。


「仮設道路はここを通すのか?」

「ん? いや、ここよりもう少し南の斜面を削って作るらしい。仮設道路が通るところにこの間、人間の群れがいてな。ここら辺にもいるらしい」


 広場に止められた移送車から、ぞろぞろと作業員が降りてくる。

 作業着姿の作業員たちは軽く談笑しながら、各々捕獲用の道具や銃器を携えていた。


「人間の焚いた煙で、ある程度の場所はわかっているから、ここから二時間くらい登っていけば着くみたいだぞ」


 同僚は、狭い車内で強張った体をほぐすように伸びをしながらそう言った。

 サルタは荷台に積まれた巨大な檻に視線を向けた。


「……檻は誰が持っていくんだ?」

「お前は運搬魔法許可証持ってないのか?」

「俺は持ってない。事前に報告してたぞ」

「じゃあ俺が往復四時間運ぶのか!? まじかー。許可証なくても交代してくれよ」

「……」


 サルタは無言で熊族の同僚を見た。


「いや、だって重いだろ、これ」


 同僚がぶつくさ言いながら、檻の横に回る。

 他の作業員たちも、それぞれ装備を整え始めていた。


「じゃ、行くか」


 誰かの声を合図に、作業員たちは山へ入っていった。


―――


 さざめき立つ森の葉に、背筋の産毛がぞわりとなぞられるような悪寒を感じた。

 生き物の息遣いがひそめられ、鳥が高らかに警戒の音を響かせる。


「え? ……なに?」


 サクラは立ち上がり、洗濯棒を取り落としながら、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。

 何かがおかしい。

 森がこちらに警告をしている。

 

 遠くで洗濯物をしていた人たちも、手を止めて森のほうを見つめている。


 サクラは振り返り、広場へ視線を向けた。

 そこではまだ、誰も異変に気付いていないようだった。大人たちは作業をしていて、子どもたちは走り回っている。


「……おばばに、知らせないと」


 サクラが広場に駆けようとしたとき、目の前に人影が飛び込んできた。


「わっ!」

「サクラ!」


 がしりと肩に手が置かれて、サクラは声を上げた。

 すぐそれがレイだと気が付いた。


「レイっ! びっくりした」


 息を切らしたレイが、サクラの前に立っていた。


「森に何かいる! すぐ逃げるぞ!」

「えっ?」


 レイがサクラの腕をぐいっと引く。

 周囲では、狩りから引き返してきた男たちが、皆に警告をして回っていた。にわかに、群れにどよめきが広がっていく。


「なにがいるの?」

「わからない。とにかく、すぐ逃げるんだ」


 サクラはレイに掴まれた手をぐっと引いた。


「わ、私は、ロダのところに行ってくる! 多分まだ巣の中にいると思うから」

「……わかった。ロダを呼んだら、すぐ広場に来いよ! 俺は先に行ってる」


 レイが手を離して駆け出し、他の男たちと合流していく。

 サクラも、川から近い、ロダの巣へと駆けだした。


 何かが起きている。

 さっきまで、いつもの群れの一日だったのに。

 

 鋭く警告を続ける鳥の鳴き声と、木々の葉のざわめきに、体が勝手に強張っていく。

 体は逃げろと訴えている。

 それなのに、頭のどこかでは、何も起きていない可能性を探してしまう。


――魔獣が出たとか、キバがいただけとか。森が騒いでいるのもたまたまだったとか。


 そんなことを考えながら、サクラは走る。

 走るほど、胸の鼓動はけたたましくなる。そんなわけがないだろうと、サクラに現実を突き付けてくる。


「ロダ! ロダ!」


 ロダの巣の前に来て、サクラは木の扉をどんどんと激しく拳で叩いた。

 ロダは、森の空気に疎い。きっとまだ気づいていない。


 しかし、サクラが強く呼びかけても返事はなかった。

 サクラは乱雑に扉を開けた。


「ロダ! ロダ?」


 扉から差し込む光の奥を見る。巣の中には誰もいなかった。

 ロダの姿がない。


――どこ行ったの?


 サクラは踵を返して、ロダをさらに探しに行こうとした。

 ふいに、足元に何かが落ちていることに気が付いた。


「なに?」


 そんな場合ではないのに、サクラは思わずそれに手を伸ばす。

 皮を張った、渋茶色の表紙を付けた本だった。

 パッと中を開けば、手書きの獣人語が記されている。

 一瞬、ロダが書いたものかとも思ったが、筆跡はロダの物ではない。本自体もずいぶん古びていた。


――昨日、廃屋から持ってきたんだ。


 サクラは元の場所に戻しておこうと、それを置こうとする。

 ひらりと、何かの紙が一枚落ちていった。

 手に持っていたこの本から、どうやら落ちたらしい。


――……これ。


 サクラは拾い上げる。

 それは写真だった。


 古ぼけて、茶色に煤けたボロボロの写真。

 そこには、熊の獣人の女の子が写っていた。


 その隣に立つ、熊の子よりも幾分か小さな人影に目が留まる。

 熊の子と同じドレスを着て、手をつないでいる。

 毛皮も、獣の耳も、しっぽもない。


――人間?


 思わず、写真を顔に近づけた。

 間違いない。人間の女の子だった。

 熊の子に手を握られ、ムッとした顔で並んで立っている。


――あの廃屋に、人間がいたの?


 サクラはパッとひっくり返して、裏側まで見た。


「……リ、リー……アン、ヌ?」


 リリーアンヌ。

 獣人語で、そう書かれていた。

 この熊の女の子の名前なのだろうか。


「サクラ、なにしてる!!」


 ふいに大声で呼ばれ、サクラはびくりと体を強張らせて振り返った。

 扉の向こうにはガルが立っていた。手には弓を携えている。


「ロダはどうした!?」

「い、いないみたい」

「じゃあ早く広場に集まれ! ロダは見かけたら俺が声をかけとくから!」


 そう言って、すぐさま扉の前からガルはいなくなった。


 サクラはその写真を無意識に服のポケットに突っ込み、ロダの巣を後にして駆け出した。

 

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