19話 学園祭4
「どうかしたの?」
廊下で騒ぎすぎたためか、教室で待機していた出雲が顔を出す。残念ながら元凶はいないため、僕が説明するしかないわけだが。
「真宵の姉君が来てたんだ」
「真宵のお姉さん?」
出雲は首を振って廊下を見るが、既にその影は見当たらなかった。
「なんだ、会ってみたかったのに。どんな人だったの?」
「性格は晴華っぽい感じだったな、明るくて人見知りとは無縁そうだった」
「へー、悪い人ではなさそうね」
「別に真宵も悪い奴ではないだろ」
「あんなキラキラした髪が悪くないわけないでしょうが」
「姉君の髪は赤茶色だったぞ」
「学外のルールなんて知らないわよ」
ばっさりっすね。流石は1クラスどころか1学年の委員長になれそうな器。
「それで真宵は? さっきまでいたんでしょ?」
「姉君を追いかけていった。恐らくだが、真宵は招待チケットを渡したわけではないらしい」
「どういうこと? だったらお姉さんはどうやって入って来たのよ?」
「真宵からくすねた、みたいなことを言いかけてたけどな」
「……前言撤回、良い人でもないわね」
どうやらこの少ないキャッチボールの間で考えを改めたようだ。臨機応変で良いかと思います。
「まあ人様の家庭についてとやかく言うのも野暮だし、私としては真宵が生徒会役員としてしっかりしてくれるなら言うことはないんだけどね」
そう言って教室内へUターンする出雲。彼女はかつての僕とよく言い合っていたように、真宵ともそれなりにバトってたからな。未だ不審感のようなものがあるんだろうが、これからの真宵を見たら先程のように考えを改めるに違いない。実際真宵は努力してるしな、ただ髪の色が変わることはないだろうけど。
そんなこんなで適当に時間を潰していると、あっという間に僕の担当時間が終わってしまった。僕らの漫才は11時半から、30分前に準備しておくにせよ、少々時間がありそうだ。
「出雲、僕は軽く回ってから体育館に向かう」
「了解、後で合流しましょう」
11時頃までクラス出し物の担当である出雲に声を掛けてから僕は教室を出た。他のクラスを回るのは朱里や晴華たちと一緒にいるときにしたいところだが、廊下に居るだけで周りの喧騒が伝わってくる。
方向的に2年CクラスとDクラスなわけだが、平日の午前中にこの賑わいとなると、ハレハレの異名は伊達じゃないな。
とはいえ寄るのは今でなくても良い、僕はAクラス側から横切って外に出てみることにした。ちなみにAクラスは『縁日』と称して射的やら型抜きやらが遊べるようなので後で行ってみようと思う。
ー*ー
「あっ」
「あっ」
1階フロアに降りると、暇そうにしている佐伯少年とバッタリ出くわした。
周りには誰もおらず1人、僕が言うのも何だが友達は居ないのだろうか。
「ぼっちなのか?」
「久しぶりに顔合わせた後輩に言うことがそれって、人間としての質を疑いますね」
「変態のお前より上だと思うが」
「誰が変態ですか、僕は真っ当に女の子が好きなだけです」
「真っ当という言葉に謝れ」
相変わらずの佐伯節に安心感さえ覚えるが、犯罪者として紙面に載らないか心配である。
「話を戻すが、お前には一緒に学園祭を回る友達がいないのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますけど」
「そうだな、今の時間はいないな」
「何ですそれ、彼女いるか訊かれて『今はいない』ってあたかも昔はいたことを仄めかす痛いヤツみたいじゃないですか。どうせ最初からいないってのに」
事実を返しただけなのに、波状攻撃のように嫌味をぶっ放す佐伯少年。正しく『今』という言葉を使ったつもりだが、佐伯少年には強がりに聞こえたようだ。
午後の予定を懇切丁寧に伝えても良いが、佐伯少年が発狂してしまうか現実逃避してしまうかもしれない。こんな生意気な後輩でも体育祭では雨竜と戦うのに協力してくれたんだ、少しくらい優しくしてあげよう。もしかしたら、本当に友達がいないのかもしれないし。
「何ですかその憐れみに満ちた表情は? 言っときますけど友達くらいいますからね?」
「そうだな、血の通った生き物だけが友達とは限らないしな」
「イマジナリーフレンドじゃないですよ!? 先輩は僕のこと何だと思ってるんですか!?」
「可哀想な変態だ(ニコッ)」
「何をにこやかに言ってるんですか!? 名誉毀損で訴えますよ!?」
残念ながら僕には人に優しくする才能はないようだ。佐伯少年、なんかキレッキレだし。
「ったく、僕だって先輩同様今の時間はいないだけです、後で茶道部の1年で回りますからね。どうですか、羨ましいでしょ?」
佐伯少年はマウントを取るかのごとく急に腕を組んでドヤ顔を披露する。
羨ましいと言っても羨ましくないと言っても佐伯少年の追撃が来るだろうな、答えは沈黙か。
「くくっ、羨ましすぎて言葉も出ないですか。これが先輩と僕の明確な差ってヤツですね」
しかしながら沈黙さえ佐伯少年にとっては僕を貶めるエサに過ぎなかったようだ。この強メンタルでもバスケ部を辞めざるを得なかったわけか、雨竜のエグさが際立ってくるな。
佐伯少年が変態であることは周知の事実だが、スパルタ雨竜から抜け出してようやく今の青春を謳歌しているのも事実。彼がお勤め部屋に入るまでは、温かい気持ちで見守ってやるか。
「だからその柔らかい眼差しは何ですかって」
「気にするな、カエルがぴょこぴょこ跳ねてるサマは可愛いものだ」
「……なんかものすごく侮辱されている気が」
佐伯少年が謎の被害妄想を訴えてきているが、今の僕はマザーテレサさえ凌駕する慈悲深さを持ち合わせているので、教え導いてやることにする。
「佐伯少年よ、お前は11時半に体育館へ来るのだ。笑顔を施してやる」
「はっ?」
頭がついてきていないらしい佐伯少年に僕らの漫才について話すと、彼は分かりやすく目を見開いた。
「先輩たち3人が漫才!? そんなの誰も知らないっすよ!?」
「なんでだよ、ステージプログラムとやらに書いてあるだろ?」
「絶対ないです! そんなのあったら見落とすわけないですし!」
そう言いながら陽嶺祭のしおりらしきものを胸ポケットから取り出す佐伯少年。おかしいな、そんな便利そうな書類、もらった記憶がないんだが。謎解きのメモ用紙に使っちゃったかな。
「ほらここ! 『2年Bクラスの漫才』って、どれだけ宣伝する気ないんですか!?」
「バカだな佐伯少年は。2年Bクラスなんだから僕と雨竜と出雲に決まってるじゃないか」
「2年Bクラスは40人いるんですよ!」
40人、はて? 僕の中では6人くらいしかいない認識なんだが。
「まあいいです、こんな面白そうな出し物を見逃さずに済んだわけですし、一応感謝しときます」
「誘っておいてなんだが、お前その時間空いてるのか?」
「クラス出し物の当番と被ってますけど流石に代わってもらいますよ」
どうやら僕らの漫才は優先準備がかなり高いらしい。おいおい、あんな悪態ついておいて結局先輩の出し物を見に来るなんて可愛いところがあるじゃないか。
「漫才なんてうまくいくはずないですからね。廣瀬先輩と青八木先輩のスベってるサマ、網膜に焼き付かせてもらいますよ」
うむ。これが佐伯少年だよね、定番すぎてやっぱり安心するわ。




