18話 学園祭3
「ダメですよお客さん、一般入場は明日からなんで」
「いやいや怪しい者じゃないから。ちゃんと妹からチケットくすね……もらってるし」
不審者の可能性も踏まえた対応をしてみたが、本日入場できるチケットをヒラヒラさせてきた辺り、どうやら陽嶺高校生徒の関係者ではあるらしい。不穏な単語が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
しかしながら、不審者じゃないからといって雨竜に取り次ぐかどうかは別問題である。
雨竜に想いを寄せる蘭童殿や真宵たちのことを考えるなら、通りすがりの雨竜ファンの手助けをするような真似は避けるべきだ。僕だって友達を優先したいしな、これぞ友情というものだろう。
……いや待て、こういう派手な見た目の女性は真宵を除けばそうはいない。案外雨竜の好みということでそのままゴールインなんて展開があるかもしれない。そうすれば僕に平穏が訪れる未来もあるのでは?
……それこそないな。もはや雨竜のことがなくても声をかけられる現状、仮に目の前の赤茶ガールが雨竜の好みだとしても、僕の天秤は蘭童や真宵たちに傾くようになっている。
「残念ながら生徒会活動でここにはいません。いつ戻るかも分からないですね」
というわけで赤茶ガールは冷たくあしらうことにした。派手だからといってポッと出キャラに雨竜を取られたんじゃ僕のお助け能力も疑われるからな。
えっ、もうその能力疑われてる? そんなことを言う悪い口は縫い付けちゃいますよ? 返し縫いもしちゃいますよ?
「そっか、都合よく会えたら良かったんだけどねー」
だがしかし、赤茶さんは特に憂う様子もなくあっけらかんとしていた。なんだ、雨竜ファンとして生徒の家族特権を乱用していたわけじゃないのか。
なんとなく腑に落ちない感覚を抱いてると、「じゃあさ」と赤茶さんが前置きをして一言。
「廣瀬雪矢君はいる? 同じクラスだって聞いたけど」
何故か知らないが、赤茶さんのターゲットが僕に変更された。
全く身に覚えがないためこのまましらばっくれることも考えたが、僕はこの赤茶さんの正体の方が気になり出していた。
「廣瀬雪矢なら僕ですが」
そのまま名乗りを上げてみると、赤茶さんは少し目を見開いてから「ああ!」と声を上げた。
「はいはい! 君が廣瀬君ね、言われると廣瀬君って感じするわ〜」
「それでオタクはどなたですか?」
なんとなく見た目の評価をされているようで不機嫌気味に質問する僕。一方的に知られているって気分が良くないな、雨竜たちは良く日常を生きてられるよ。
「そっか、自己紹介まだか。あたしの名前は名取暁良、名取真宵の姉なんだけどさすがにマヨちゃんは知ってるよね?」
「真宵の……」
そう言われて、少し前に真宵と話した内容を思い出す。そういえば姉がいると言っていたな、自分に合わせて髪を染めたみたいなことを言っていたが、それがこの姉か。
背は真宵のほうが高そうだが、プロポーションは妹に負けず劣らずといったところか。これで運動もできて頭が良いとなれば真宵がグレるのも分かる気がする。
しかし、その姉君が僕に何の用だ?
「会いたい度で言うなら青八木君より上だったんだよ、マヨちゃんを変えてくれた存在みたいだからさ」
そう言って、暁良姉君は真宵のことを語り出す。
「マヨちゃん、すっごい頑張り屋だったけどなかなか実らなくてね。あたしもフォローしたかったんだけどいかんせん受験勉強がしんどくてあんまり気にかけてあげられなかったんだ」
この辺りは真宵から聞いていた話と一致する。母親が教育ママのような面があったようだし、姉君も真宵に構う余裕はなかったのだろう。
「あたしが髪の色を変えたときは少し元気が出たみたいだったんだけど、勉強についていけなくなっちゃったのか少しずつ荒れ出しちゃって。それこそ良くない噂も聞いてたんだけど、半年くらい前から180度変わったというか、前向きになったんだよね」
それは、僕が蘭童殿の件で真宵に喝を入れたタイミングだろう。褒められたやり方ではないが、家族から見て前向きになっているなら、やった甲斐はあったのかもしれない。
「流石に理由聞いたらそこで廣瀬君の名前が出たってわけ。最初は君がマヨちゃんの想い人なのかと思ったけど、また別の男の名前が出てくるからお姉さんびっくりしちゃったよ」
呆れながらも、姉君の表情はほっこりしており、活発になった妹の様子が見られて喜んでいるように見えた。
「ありがとね廣瀬君、マヨちゃんが今元気にやれてるのは君のおかげだよ」
「まさか、真宵は自力で立ち上がっただけで僕は何もしてないですよ」
「おいおい、良い男かよ〜」
「今更気付いたんですか」
「ビックマウスじゃーん、あたしはけっこう好きだよ」
受け答えに成功したのか、姉君はバシバシと僕の肩を叩く。彼女なりの愛情表現なのかもしれないが、普通に痛いので勘弁してください。
「まあ青八木雨竜の方がよっぽど良い男ですが」
「うわー、尚のこと会いたかったんだけどなあ、陽嶺高校の世界遺産」
真宵さん? あなた想い人だからって脚色し過ぎでは? いくらあいつでも富士山の隣には並べないと思うぞ。
「しばらくしたら体育館に来ますよ、待ってればいいじゃないですか」
「そうしたいのは山々なんだけど、長く居るとマヨちゃんにバレちゃうからなあ」
「バレちゃマズいんですか?」
「生徒会活動頑張ってるって聞いたから行きたいって言ったんだけどさ、絶対来るなって言われちゃって」
「あー」
そういえばこの人、今日のチケット妹からくすねたって言ってたな。なんだろう、姉という生き物は自由奔放じゃないといけない決まりでもあるのだろうか。それは出雲に失礼か。
「最近も絡む度にウザそうにしてたし、これ以上嫌われたくないんだよねー」
「えっ、真宵って姉君に好意的な感じでしたよ?」
「……そうなの?」
姉君は目を丸くしていた。どうやら普段のやり取りとは違うらしい。
「何でもできる姉を尊敬してるって言ってたし、自分に倣って髪染めてくれたときは嬉しかったとも言ってましたよ?」
「……へー、マヨちゃんがあたしをそんな風に」
薄気味悪い笑みを浮かべる姉君を見て、余計なことを言ってしまった気がする僕。あんなに赤裸々に語ってたから普通に伝えてるものかと思ってた。
「姉君、今の話はオフレコということで」
「ちょっとちょっと!!」
暁良姉君へ先程の失言について外に出さないよう伝えようとしたところで、僕の声を掻き消すボリュームで廊下に怒号が響き渡った。
「やば」
廊下の向こうで鬼の形相を浮かべていたのは、先程まで話題の中心にいた名取真宵その人だった。
「じゃっ廣瀬君、後よろしくー」
「なっ」
姉君は、真宵に見つかるや否や脱兎の如くその場から立ち去った。今逃げたところで帰ってから詰められるだろうに。
「廣瀬、お姉ちゃんと何話してたの?」
「待て待て近い近い」
真宵は姉君を追いかけることはせず、重要参考人である僕に目を付けた。とりあえず目力抑えてもらっていいですか?
「お前を元気にしてくれてありがとうって言われたくらいだよ」
「くぅ、だから来ないでって言ったのに」
身内から感謝を述べられたのが恥ずかしかったのか、照れ臭そうに口許を隠す真宵。良いねその表情、雨竜に見せてギャップ攻撃してほしいところだが。
「あんたは? 余計なこと言ってないでしょうね?」
「……イッテナイヨ」
「……ならいいわ」
アカデミー賞も真っ青な演技で真宵を欺くことに成功した僕。姉君に口止めできていないのに騙す意味があったのだろうか。
「あたしはお姉ちゃん追いかける。これ以上揶揄うネタ増やされてたまるもんですか」
真宵のボヤきを聞いて罪悪感でいっぱいになった。姉君、お手柔らかに頼みますよ。




