15話 学園祭前日
学園祭前日の放課後、僕は保健室で謎解きを進めていた。
最終的な成果を美晴に見てもらおうと2年Dクラスに向かったのだが、教室のセッティングを始めるとのことで邪魔になりそうだったため、迷惑が掛からなさそうな保健室へ避難してきた。
美晴にも声は掛けてきたが忙しそうだったので流石に今日は時間が取れないかもしれない。実践を重ねた僕の実力を知って欲しかったが、そこは当日結果で語ることにしよう。
暇ならクラスの出し物を手伝えと思うかもしれないが、そんなものは御園委員長さまのお力添えによりとっくに終わっている。
新聞自体は昨日の内に作成が終わっているし、今日のセッティングに掛かった時間はおよそ15分である。僕が自分の机を空き教室に運んで少々油を売っている間に準備が完了しているのだから恐ろしい。
というわけで下校時間まではこうして謎解きに精を出せるのである。ステージ出し物は雨竜が忙しくて捕まらないから練習はできない。まあ2日前に問題なく通せてはいるからそこは良いのだが。
「コラ廣瀬、スマホで遊んでるじゃない」
「先生みたいなこと言わないでください」
「先生じゃい、お前の担任の先生じゃい」
そして何故かいる我らが担任長谷川先生。ようやくトレードマークである白衣が似合いそうな環境ではあるが、養護教諭の代わりというわけではなさそうだった。美晴を待ってたらコソコソしながら入ってきたので、後ろめたいことがあるに違いない。
「てか先生はなんでここに?」
触れない方がいいと思って無視していたのに、声をかけてきたということは暇なのだろう。可哀想だから相手をすることにした。
「職員室に居たら、学園祭前日の今日くらい生徒の手伝いをしようって話になってな。ウチのクラスに行ったんだけどもう準備終わってたからやることなくってさ」
「なら職員室に帰ればいいじゃないですか?」
「あのな、そんなことしたら残ってる教員に『話の流れ上職員室は出たけど手伝いもせず帰ってきた口だけ教師』って思われるだろ」
「まあ実際その通りなのでは?」
「ちーがーう! クラスの準備終わってたって言ったろうが!」
「じゃあ堂々としてれば良いでしょ、ウチのクラスは優秀だって」
「やだよ。今の職員室、3年の先生ばっかで緊張感半端ないから居たくないし」
「それが本音ですね」
ある意味通常運転の長谷川先生に安堵したが、教師としてやっていけてるのかは甚だ疑問である。
「お前は今年、ちゃんと楽しめそうか?」
話を区切って再度謎解きに勤しんでいると、窓際で外を見ている長谷川先生から質疑が飛ぶ。
「去年と違って暇そうだからな、いつの間にか帰ってなきゃ良いんだが」
成る程、先生なりに僕の動向を心配してくれているらしい。去年もやるだけやって打ち上げには参加してないしな。
でも、その心配は杞憂である。クラス出し物がなくても参加するイベントはあるし、学園祭を回る友達もいる。去年とは大きく状況が変わっているのだ。
「心配無用です。2日目の閉会式までバッチリ居ますよ」
「……そうか。それは何よりだ」
そう伝えると、長谷川先生の声が少し柔らかくなったように感じた。貼紙事件の時もそうだったけど、意外と面倒見は良いんだよな。やる気がないだけで。
「学生の本分は勉強とは言うが、学園祭も立派な社会勉強の一つだ。サボらず頑張れよ」
「はい、思ったよりはしゃぎ過ぎちゃったらすみません」
「ちょい待て、何をするつもりだ?」
「まあまあ。可能性の話ですから気にしないでくださいよ」
「お前が保険打つ時は必ずやらかすと相場が決まってるんだ、今のうちに心の準備をさせろ」
「まあまあ。先生の首は繋がったままですから」
「ホントに何するつもりだ!?」
適当に先生を煽っていると、保健室の扉が開かれる。
「ゴメン雪矢君、遅くなっちゃった」
そこに居たのは、髪を三つ編みでまとめ、着物と袴を着こなした美晴だった。
「〜♪」
長谷川先生が口笛を吹く。美晴の装いを分かりやすく評価したのだろう。
気持ちは分かる。去年の巫女装束の時もそうだったが、和装をさせたら彼女の右に出る者はいまい。そう断言できるほどに美晴はその大和撫子振りを発揮していた。
「えっと、着替えてると余計遅くなると思って」
僕がしばらく放心していたせいか、美晴も自身の装いについて理由を話す。しまった、僕の反応のせいであらぬ誤解を生んだかもしれない。
「すまん、少々面食らっただけだ。忙しいのに来てくれてありがとう、その格好似合ってるな」
「う、うん。こちらこそありがとう」
美晴に笑みが戻って安堵する。急いで来てくれた彼女に失礼な反応をしてしまったな。
「さてと、そろそろ先生は行きますか」
少し流れた静寂を壊すように、長谷川先生は入口の方へ歩いていく。
「もう行くんですか?」
「若い2人の邪魔をするほど野暮じゃないっての」
「でも職員室に居場所ないんじゃ」
「あるわ。めっちゃあるわ。真面目に働かなきゃいけない空気だから居たくないだけだっての」
「真面目に働いてください」
「お前まで御園みたいなこと言うな。それじゃあな、月影も」
「はい」
美晴の肩を軽く叩くと、長谷川先生は保健室の扉を閉めて職員室へ戻ったようだった。
「相変わらずだね、長谷川先生」
クスッと笑う美晴。元1年Bクラスとして懐かしさを感じたのだろう。文系組はほとんど関わる機会がないし。
「悪い先生ではないんだがな」
「そりゃそうだよ、雪矢君は何回遅刻を許されてると思ってるの?」
「いや、それは色んな意味で良くない証だろ」
「ホントだね」
ひとしきり長谷川先生ネタで会話をしてから本題に入る。
「とりあえずここ3日くらいのデータをまとめてみた。それなりに慣れてきたとは思うんだが」
そう言って、スマホのメモにまとめたデータを見せる。
今日まで美晴とは時間を作って謎解きをしたり今みたいに直近のデータを見せて感想をもらったりしていた。
当初と比べて謎解きのスピードは上がっているし、少なくともボロ負けするということはないと思っているのだが。
「うん、かなり良いんじゃないかな」
「よし!」
美晴のお墨付きをいただき、僕は歓喜のガッツポーズをする。ここ数日空いた時間を費やした成果は出ているようだ。
「というか雪矢君も自分で分かってたでしょ?」
「何を言うか、師匠へ確認もなく調子に乗った発言はできないだろ」
「私はプロでも何でもないんだけどね」
「良く言うよ、あれだけしっかり指導してくれといて」
美晴の謙遜はともかく、後は雨竜と戦うだけである。あいつには生徒会の仕事があったわけだが、当然謎解きの対策も積んでいることだろう。ここまでくれば後は神のみぞ知るといったところか。
「雪矢君、私が前言ったこと覚えてる?」
メモを見終えてスマホを返してくれた美晴は、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「言われ過ぎててよく分からん」
「それもそっか。雪矢君が雨竜君に勝ったらこのお手伝いに対して一つ請求してもいいって話」
「それか」
こんな堅い言い回しだったか定かではないが、話をしていたのは覚えている。
「お前、期待しないで待ってるって言わなかったか?」
「うん。なんか期待できそうだから念押ししとこうと思って」
「笑いながら言うことちゃうわ」
「あたっ」
調子の良いことを言う美晴にチョップを喰らわす僕。広大な懐を持つ僕だからこの程度で済んだことを理解してもらいたいもんだね。
「まあいいか、ここまで助けられたのは事実だし。雨竜に勝ったら何か一つ考えといてくれ」
「やったね」
「あれ、もしや反省していない?」
「えっ、こんなに反省してるのに伝わってない?」
「めちゃめちゃ笑顔じゃねえか」
僕は大きく溜息をつく。たまに出てくる美晴の茶目っ気たっぷりの対応にどれだけの男が振り回されることやら。普段のギャップと相まって破壊力が抜群のため、あまり使用しないでいただきたい。
「雪矢君」
「ん?」
「謎解き、頑張ってね」
「おうよ」
最後に師匠からエールをもらい、保健室を後にする僕と美晴。美晴はまだ作業が残ってるらしいし、いつまでもゆっくりはしていられないだろう。
こうして意外と長かった学園祭準備は終わりを告げ、本番を迎えることになるのであった。
次回から学園祭本番です。よろしくお願いします。




