14話 2-C企み
「分かるか、ピラニアとは本来臆病な生き物なんだ。血の匂いや水の振動で興奮状態に陥ることはあれど、滅多に人を襲うことはない。お前みたいなミーハー野郎がB級映画に影響されて吹聴してしまうせいでピラニアは日々辛い思いをしてしまうんだ!」
偏見で悲しい扱いをされている魚類の気持ちを代弁していると、目の前のミーハー優男が困ったように目を泳がせる。
「僕らって今、ステージ出し物の話をしてたよね?」
自分の犯行を認めたくないのか、話を変えようとしてくるミーハー優男こと堀本翔輝。まったく、素直に罪を認めれば罪状は軽くなるというのに。
「お前の語尾が唐突にピラになったから偏見を正してやろうと思ってだな」
「何その理由!? そもそも語尾がピラになってないしなったとしてピラニアの話にならないでしょ!?」
「ちっ、いちいちツッコミが騒がしい奴だな」
もはや翔輝からピラニアを慮る気持ちを感じなかった僕は、誠に遺憾ながら話を切り上げることにした。こうして偏見は広がっていくんだな、悲しき日本のSNS事情。
「というかステージ出し物の件は良かったの?」
「それは今の打ち合わせで済んだだろ、機材の使い方も教えてやったし問題ないはずだが」
「そうなんだけどさ、結構重要な役割だし心配だよ……」
「お前は黒子だし台本見ながらでいいんだ、そんなに気負うな。仮にミスっても雨竜に任せておけばいい」
「う、うん」
翔輝には僕らのステージ出し物の補助をしてもらうことになっている。役割はスクリーンに画像を映してもらうというシンプルなもの。ステージに出るわけでもないしもっと気楽にやってくれれば良いのだが、漫才はタイミングが重要だということもありそれなりにプレッシャーを感じてるようだ。
「まあ失敗したところでーー」
「ユッキーじゃん!!」
「どわっ!」
気遣い力の塊である僕が翔輝のフォローをしようとすると、誰か一瞬で分かる声掛けとともに首から背中にかけて圧力がかかった。
普段とは違うモコモコとした感触、首に回された腕を見ると、黄色に黒のラインが入った着ぐるみの一部が。
「何しとんじゃこのアマ!」
反射的に着ぐるみガールを引っぺがして振り返ると、そこにはトラの着ぐるみを身に付けた晴華の姿があった。
「やっほーユッキー! まさかあたしの着替え中にウチに来てるとは!」
「やっほーじゃない! どうしてお前はそういうコミュニケーションしか取れんのだ!?」
「だってユッキーがウチのクラスに居て嬉しかったんだもん、そりゃ抱きつくでしょ!」
当たり前のように言ってくる晴華に頭が痛くなってくる僕。コイツには性別の概念がないのだろうか。
「言っておくが今のお前に抱きつかれたところで百害あって一利なしなんだからな! 弁えろ!」
「なんで!? こんなに可愛いトラさんフォルムなんだよ!?」
「だからだよ! 男共に殺意向けられて得られるのがモコモコの感触って、何の役得もないじゃないか!」
「そういうことか! じゃあ後で着替えてからもう一回抱きつくね!」
「……もういいから黙っててくれ」
ただでさえ男共の視線が鋭くなっているのに、晴華の発言でさらに鋭角になっている気がする。というか泣いている奴までいるんだが、これは僕のせいなんだろうか。
「ところでユッキーはどうしてウチに?」
「翔輝と打ち合わせしてたんだよ、僕らの漫才を手伝ってもらうからな」
「おお、初日最大のイベントだね!」
「勝手にハードルを上げるな」
「いやいや、ユッキーウルルンズーちんの漫才でしょ!? 立ってるだけで面白いんだけど!」
褒め言葉なのか若干怪しいのだが、晴華としては楽しみにしてくれているようだ。
「みんな噂してるせいか、例年だと一番目立たない時間帯なのに行く準備してる人多いみたいだよ」
「暇人共め、それでもクラスの売上を優先する猛者たちはいないのか」
「初日の午前中なんてそんなに人来ないからね、多少人が抜けたところで回せるんじゃない?」
「去年のウチのクラスは終始忙しかったはずなんだが」
「そりゃユッキーの広報活動がすごかったからねー、学校関係者だけの初日であれだけ集まるなんて異常だよ」
「それに相応しい面々が居たからな、僕からすればイージーゲームだ」
今考えても去年のウチのクラスのメンバーは誰かに仕組まれたレベルでおかしかったと思う。だからこそ限界まで売上アップに苦心できた去年はそれなりに面白くはあったが。
そこへいくと、晴華の今の姿は何とも言えない寂しさがあるようで。
「その格好は?」
「見れば分かるでしょ、あたしのクラス出し物の衣装だよ!」
以前晴華から聞いていたCクラスの出し物はアニマル喫茶。動物たちのコスプレをして接客をするということで小さい子どもにはウケそうではあるが、金払いの良さそうな面々に刺さるかは微妙なところである。
「可愛いよねこれ、呼び込みでも注意引けるし! モノを運びづらいからそれは練習しなきゃなんだけど」
先程から見ているが、晴華の服装は顔だけが露出しているトラの着ぐるみ。思った以上にモコモコしており、身体のラインが出にくいのは彼女の嬉しいポイントだろう。
それ即ち、男共にとっては嬉しくないポイントなわけだが、その辺りは割り切ってしまったのだろうか。
「おい翔輝」
というわけでCクラスの男子代表に事情聴取をする。
「どうしたの?」
「晴華の格好、ホントにアレで行くのか? アレはアレでウケるとは思うが、流石に使い方間違ってるだろ」
「ああ」
晴華に聞こえない小声で聞くと、翔輝もすぐに理解したようで口元に手を添える。
「……これは神代さんには内緒なんだけどさ」
「うむ」
「……あの衣装、当日なくなります」
「……成る程」
どうやらCクラスも馬鹿ではなかったらしい。神代晴華という人材を無駄に消費する気はなかったようだ。
「男子より女子の方が乗り気で、動物+露出をコンセプトに鋭意衣装を製作中みたいだよ」
「素晴らしい発案だが、ここまで隠して晴華が着なかったらどうするんだ?」
「クラス出し物は勝負事だからね、自分だけ体操服で出て雰囲気を壊す真似はしないって見立てだよ」
「えげつねえな」
「ついでに女子たちも神代さん程ではないにしろ似たような服装で頑張るみたい、これで逃げ道は塞いでると思う」
「……えげつねえ」
「ちょっとお二人、何コソコソ話してるのさ!」
僕と翔輝の会話が長かったせいか、むすっとした様子の晴華。翔輝は大層ビクついていたが、僕は冷静に彼女を見返していた。
最近は彼女に振り回されて、正直鬱陶しいと思うこともなくはなかったが、当日の晴華の反応を想像してしまうと流石に可哀想に思えてきた。
とはいえCクラスが一生懸命製作している衣装姿を見たくないと言えば嘘になる。この相反する気持ちを整理するのは難しいが、これから頑張る晴華に労いの言葉をかけてやるのが友達というものだろう。
「晴華」
「ん? なーにユッキー?」
僕の呼び掛けに晴華は軽く首を傾げた。この姿だって決して悪くないが、お前にはもうステージ上があることを忘れてはならない。
「お前の衣装、楽しみにしてる」
「えっ? 今着てるんだけど、ありがと?」
困惑させてゴメンね。当日は僕の言葉を思い出して諦めてね。




