事件です!6
大通りから、二つ程通りを入った住宅街の手前。
日はとうの昔に沈み、通りの向こうからは微かに大通りの喧騒が聞こえるが、この通りは静かで人通りもほぼ無い。
大通りに近いとはいえ、夜の住宅街では不思議なことではないし今日は霧が出ているから尚更だ。
その通りを家路につく冒険者らしき猫人が一人。
霧で湿気るヒゲが気になるのか、時折猫がするように手で顔を洗う仕草をしている。
そしてその通りから更に奥へ続く通りへ向かおうとした猫人が路地を曲がった時だ。
「・・・っ!」
足元までのローブのフードを目深に被った得体の知れない人影が二つ、まるで進路を塞ぐように両脇の建物の屋根から音も無く降り立つ。
猫人が思わずといった体で歩を止めると、その隙を突く様に後ろにも何者かの気配。
左右は壁。猫人は路地で完全に挟まれた形だ。
しかも物取りにしては様子がおかしく相手は声も上げない。
その異様な雰囲気に、猫人は何が起きても対応できるよう四肢に力をこめる。
そして持ち前の動体視力で対峙する相手が動きを見せた直後、前方へ向かい姿勢を低く飛び出した。
しかし相手は猫人の行動に怯むことも無く、やはり無言のまま振り上げた何かを地面へと突き立てる。まるで、猫人の攻撃が届かないとわかっている様に。
杭は地面に穿たれた瞬間、一瞬発光し―・・・消えた。
「なっ!?」
それは襲撃者にとっても全く予想がつかなかったらしく、これまで殺気はおろか、生気さえも乏しい人形の様であったそれが初めて感情の揺らぎを見せる。
「ん?一人少なくね?」
続くドサリという鈍い音と、場違いに呑気な声。
視線を上げた襲撃者が見たのは、猫人の背後をとっていた二人のが地面に倒れる姿と、その背後に佇む猫人。
「まさか更に後ろとか言わねぇよな・・・」
後ろを気にしては居るが、先程までの張り詰めた気配は霧散している。
形成が逆転した。
思ったよりも上手く行ったというより、余りの手応えの無さに不安を覚える。
「まさか更に後ろとか言わねぇよな・・・」
こいつらは囮で実は本命の一人がどこかに隠れてるんじゃないかとか思って、ついつい背後を確認してしまう。
明らかにこっち来てから碌な目にあって無い弊害だ。
「とりあえず他に気配は無いし大丈夫、か」
でも警戒はしつつ、足元に転がってるローブのフードを剣先に引っ掛けて剥がす。
「うわー・・・フードの下は包帯覆面って、スケキヨリスペクター、じゃないな、ミイラ?砂漠の民のなれの果て?」
後悔。
フードの下から出てきたのは本格的な感じに朽ちてる感がある、生命の息吹が途絶えて久しい系の頭部。
アンデット系?やっぱり居ちゃうのこの世界?動く死体系はご家庭系害虫の黒い悪魔の次に苦手なんだけど(涙目)。
バイオチックなハザードや、ハムナプな方々には勝てる気がしない。だってなんで死んでるのに動くの?しかもGみたく生きてる人間の方来るの?
あっ!暗闇の疾駆者と同じ習性だからか、なんか納得。
でもこいつはミイラだし、腐ってるヤツじゃないだけましと言えばましか。頑張れ俺っ!
「お・・・マエ、後ロ・・・いツの間・・・」
恐怖を克服する為の空元気で軽い口調になってる俺に、不自然に途切れかすれ、生きてる感じがまるでしない声がかけられる。
カラカラに乾いた声帯で無理に音を出してるって言ったらニュアンスが伝わるだろうか。
あー、ヤダヤダ。今夜絶対うなされる。
「いつでもいいだろ。それより、どうしてとうの昔に人生ログアウトした奴が亜人を集めて回る?」
でもローグを助けにゃきゃだしと、頑張って平静を装って質問に質問で返す余裕の演技。
まあ、聞いたところで答えが返る気もしにゃいが、とりあえずだ(恐怖から逃れる為に、脳内口調が勝手に癒やしの標準猫人仕様)。
ちなみに答えは、霧を使った幻像魔法プラス闇魔法を使ってこいつらが見てた俺よりも、実際の俺は後ろを歩いてただけ。幻像を挟み撃ちしてたミイラ’Sを俺はバックアタックし放題。
この時期霧が出やすいおかげで簡単に実行できた。
「・・・好キでナっタ、チがう・・・金、おレハ戻・・・れル」
「は?」
うなされること必須の声で、期待して無かった答えが返ってきてしまった。
耳を塞ぎたくなるが我慢。てか、大丈夫?何か使い捨てされる雑魚ッポイ台詞が返ってきたけど。
テンプレ雑魚台詞にちょっと恐怖克服。
そう思うって落ち着いて観察すれば、今言葉を返してきたのは離脱の隙を窺ってるからの様に見えた。微かにだが、周囲の気配を探っているのがわかる。
実はあの地獄のヘドロはもう本当血の涙が出る程クッソ優秀で、媒体に使った相手の種族のアビリティ補正が掛かかりやがりまして、今の俺はその辺の感覚がかなり優秀なことになっているおかげだ。
見た目は亜人、中身は人間な張りぼてではなく、中身も伴ったどこに出しても恥ずかしくない完璧な猫人です。
地獄ヘドロのクセにっ!!
て、思考が余所へ暴走しかかった。
とは言え、足元に転がってる奴らも全く手応えが無なかったし、対峙してる奴も逃げようとしてるしで、大分恐怖を克服しつつあるのは確か。
砂漠遺跡に出現する類似品モンスターが何故あんなに頑丈で好戦的なのかは不明だが、普通に考えればかっぴかっぴのカラッカラッ。衝撃に弱そうだから好戦的で無いのは当たり前なのかもしれない。
まあその反面、軽い体は音も気配も存在感(どう好意的に見ても9割死んでらっしゃるせい)も希薄。これが感知能力に優れた亜人を簡単に強襲できた理由だろうけど。
「亜じ、ン売る・・・かネで・・・取り戻ス」
「・・・ダウト」
何て言うか思わず口が滑った。
だってこのパターン、多分幾ら金積んでも戻んないんじゃないかなーって俺の中の小人さんがね。
「・・・何、だと」
「いや、気にするな。それよりも、弱体化した亜人ってそんなに儲かるのか?」
「何故オ前、ジャく体化・・・知ッテ?」
しまった。余計なこと言った。
「蛇の道は蛇って言うだろ?」
やばいと思ったが、にやっと悪い笑みを浮かべてそれらしい言葉で誤魔化す。
猫人って人間と違って顔色わかりにくいし、夜だし霧だし。
「ッっっ・・・ナルほ、ド。王ト・・・貴族共、ノい・・・ヌか」
空気が詰まった様な音は笑い声だろうか。
「だったら何だ?」
「此方ニ、も・・・やっト運・・・回ッて来タ、オまえ・・・直セつ買付、ナいカ?」
『王都』『貴族の犬』のキーワードに思わずこいつらにとっての敵対勢力に見られたか、と警戒するが、どうやら都合の良いことだったらしい。
勘違い甚だしいが、上機嫌で交渉を持ちかけられた(相変わらず聞き取りにくいし、不気味な声だけど)。
「直接買付ねぇ」
会話から察するに、この誰得亜人誘拐事件の根っこはどうやら王都に繋がっている模様。それも貴族(複数)とか。
考えるふりをしながら、ちょっと勘弁してくれよと思う。
こんなちょっとした事件があれよあれよと大事には、フィクションだけで充分ですっ!いやマジでっ!
「モノ、見せてもらってからだな」
でもしょうがない。こいつの話に乗らなきゃ、情報を得る手立ては皆無。
先輩も一応背後で待機してるし、俺が動けばついてきてくれるだろうことを信じて腹を括る。
「・・・今、チョうど・・・良イのが、居ル。来イ」
こうして俺はミイラに誘われて霧の中。
静かな丘も、零も嫌いなのに、なんでファンタジーの世界で初めての勇者らしいイベントがホラーパートなんだ。やっぱり爺様の世界。勇者に全く優しくない。




