五つの謎の噂話
「それで、色々聞きたいことはあるんだけど」
あの後ほぼ強制的に宇多川先輩に連行された私は、何故か一緒に食堂へ訪れていた。
夕方の食堂は部活終わりの生徒達の賑やかな声であふれている。
反対に、私の席側だけ異常なざわめきが広がっていた。
向かいに座る宇多川先輩は何食わぬ顔で本日のA定食を食べているが、私は周囲からの視線に肩を縮めるしかない。
鋭い。刺さる。あまりにも痛い。
「生徒会長が女性と夕食を……?」「しかも新入生?」「一体誰なの?」という囁きがあちこちで聞こえてくる。
容姿端麗で頭脳明晰。学園のトップとも言える生徒会長を担う宇多川先輩の姿に、憧れや思慕の念を抱く生徒は男女問わず多い。そのせいでゲーム内では里佳への嫌がらせに発展してしまうのだが。
(どうして私がその目を向けられる側になっているのか……)
こっちは烏野薫です、キャラ違いです、と内心でぼやく。
「お前はどこまで知ってんの」
現実逃避していた私に構わず、宇多川先輩は話を進めた。
周りの目を気にするのをやめ、無理矢理頭を切り替えることにする。
「学園のことについては、五つの謎がある、という噂話があることくらいしか知りません」
「まぁ入学して数日なんだから当たり前か……。謎とは言われてるけど、怪奇現象とか怪談話みたいなものだ。話によれば、その謎に出てくる奴らが生け贄を襲ってきて、そのまま神隠しに遭っちまうってことらしい」
やはり五つの謎と神隠しの件は繋がっていたようだ。
「ちなみに、窓ガラスが割れたやつも五つの謎のひとつで『門番さん』って呼ばれてる。他にも変なことに巻き込まれたりしたか?」
思い出されるのは、今日経験した、熱くて、汗が噴き出るような出来事。
「化学室で……」
「化学室は、熱い男か」
箸を止めて険しい顔をした宇田川先輩が、小さく唸る。
しばらく思考した彼は、テーブルに肘をついて少しだけ此方に顔を寄せ、五つの謎について小声で話し始めた。
学園の五つの謎の噂は、数年前から頻繁に語られるようになった。
どこから広まったのかも分からない噂。
好奇心旺盛な生徒達の口から口へと伝わっていく噂。
あなたは千神学園の五つの謎を知っている?
廊下で鬼ごっこする、「門番さん」
化学室に忘れ物した、「熱い男」
美術室で泣き続ける、「未完成の絵」
音楽室で待ち合わせした、「音の双子」
屋上で目立ちたがっている、「あの子」
これが千神学園の五つの謎。
でも謎に出逢ってはいけない。神隠しに遭ってしまうから。
「今では聞いたことがない生徒はいないくらいに有名な噂話だな」
喉の奥がヒリヒリと痛む。
そこでようやく、話の最中に一度も唾を飲み込んでいなかったことに気付いた。
今までどこか「ゲームの中の話」として現実味が薄かった恐怖が、一気に押し寄せる。
顔を強張らせて黙り込んだ私を、宇田川先輩はちゃんと気付いていたらしい。
「まぁ」とだけ前置きすると、むに、と躊躇無く頬を引っ張られた。
「そんな心配すんな、俺が居るんだし」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、優しさを含んだ言葉に、つい心臓の音が早まってしまう。
流石恋愛ゲームのキャラクターだ、と感動したのだと思う。
(烏野薫の扱いは一番悪いけど、宇田川先輩ルートも悪くないかもしれないよ、里佳……)
離された頬を擦りながら、私はこの場にはいない彼女へとエールを送った。
ちなみに、先程よりもどよめいている周囲の反応には気付かないフリをしている。
「それで、今後はお前のこと監視させてもらうから」
「監視??」
「また一人で襲われたら大変だろーが。やっと生け贄を見つけられたんだから、保護までするのが生徒会の仕事だろ。安全な学園生活を送ってるか確認しねーと」
保護、という言葉に変えてきたが、それはつまり監視である。
いくらなんでも宇田川先輩がそこまで関わるのはまずいのではないか。
あと普通に生活を監視されるのは嬉しくない。
「いや、先輩を巻き込むのも申し訳無いので」
「生徒会長の勤めだろ」
「確かに生徒会長としての想いが強いのは知っているんですが、その時間はメインのお話の方に使って欲しいんですよ……」
「どういう意味だ?」
「何でもありません。口が滑りました」
宇田川先輩の様子を見るに、多分何を言っても引いてはくれなさそうだ。
諦めて今後も彼と関わっていくしかないだろう。
もう色々と話がぐちゃぐちゃになってしまっている。
「とりあえず、明日の朝迎えに行くから」
宇田川先輩が最後に言ってきた一言。
遠くから聞こえるのは悲鳴に近い叫び声。
無事に明日の朝を迎えられるかが不安になった。