27話(断罪)
数日後。
ルカは、マリアンヌとクリスティアナの二人を同時に屋敷へ呼び出した。
「ルカ様に呼ばれるなんて、いったい何の用でしょう?」
マリアンヌは不安そうにクリスティアナへ尋ねた。
「さあ。ようやく心を決めたのかもしれませんわ」
クリスティアナは平静を装って答えたが、呼び出された場所がジョアンナもいる屋敷だということに少しの懸念を抱いた。
(まあ、留守を狙ってのことかもしれないわ)
二人が案内された部屋の扉が開く。
先に入ったマリアンヌが、足を止めた。
「……え?」
目の前のソファには、ルカとジョアンナが座っていた。
「ジョアンナ様……?」
マリアンヌの顔から、一瞬で血の気が引いた。
その隣では、クリスティアナも目を細めている。
「今日は、二人に確認したいことがある」
「確認……ですか?」
マリアンヌが呟く。
「いったい何のことかしら?」
クリスティアナはとぼけるように返した。
「僕が以前、マリアンヌ嬢の父上が治める伯爵領の港へ行った日のことだ」
その瞬間、マリアンヌの肩がわずかに震えた。
「僕は、伯爵から夕食に招かれたと聞かされていた。だから、港にある伯爵家所有の宿泊施設へ向かった」
「……ええ」
「だが、伯爵は僕を招いてなどいなかった」
マリアンヌは息を呑んだ。
クリスティアナは黙ったまま、ルカを見つめている。
「マリアンヌ嬢。僕に、父上が会いたがっていると言ったのは君だったな?」
「……はい」
「では、聞こう」
ルカの声が低くなる。
「なぜ、そんな嘘をついた?」
「それは……」
マリアンヌの目が泳いだ。
「そして、君はその時、僕に飲み物を渡した」
「……」
「その直後、僕は急な眠気に襲われた」
ルカが一歩、マリアンヌへ近づく。
「マリアンヌ嬢。あの時、僕に何を飲ませた? 答えてくれ」
マリアンヌは唇を震わせた。
「睡眠薬を……使いました」
ジョアンナが、息を呑む。
それでもルカは目を逸らさなかった。
「なぜだ?」
「それは……」
マリアンヌの瞳に涙が浮かぶ。
「ルカ様と一緒にいたかったからです……」
「それだけか?」
「……」
「誰かに頼まれたんじゃないのか?」
マリアンヌは俯いた。そして、ついに白状した。
「……すべては、ルカ様のお母様に頼まれたのです」
「マリアンヌ!」
クリスティアナが鋭い声を上げた。
「何を言っているの!」
「だって、本当のことですわ!」
マリアンヌも負けじと声を上げる。
「クリスティアナ様が、ルカ様を振り向かせたいのなら手を貸してあげるとおっしゃったのです!」
「あなたがルカを振り向かせたいと言ったから、わたくしが手を貸してあげたのでしょう!」
「それでも、あの夜のことを計画したのはクリスティアナ様ではありませんか!」
二人の言い争いを、ルカは黙って見つめていた。そして、静かに口を開く。
「もう、十分だ」
二人の声が止まった。
ルカの声には、怒鳴り声よりも恐ろしい冷たさがあった。
クリスティアナの方を向く。
「あなたがマリアンヌ嬢を利用して、僕を罠に嵌めたことも、もう分かっている」
「違うわ!」
クリスティアナは慌てて言い返した。
「わたくしは、ただ……あなたのことを思ってしただけよ」
「僕のため?」
ルカは、冷たい目を向けた。
「僕を騙し、妻に隠れて別の女性と一晩過ごしたように仕向けることが、本当に僕のためなのか?」
「……」
クリスティアナは言葉を失った。
「それだけじゃない。あなたが騙している伯爵との話を僕が断れば、ジョアンナにあの夜のことを話すと脅したな」
「……それは」
「さらに、子供たちのためだと言ってその伯爵領まで持ち出した」
クリスティアナは黙り込んだ。
「あなたは最低の人間だ」
その一言に、クリスティアナの顔が歪んだ。
「ルカ……」
「僕の妻と子供たちを、二度と利用しないでくれ。そして今後一切、僕たちの前に姿を現さないでくれ」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
マリアンヌも、クリスティアナも、もう何も言い返せなかった。
すべてが終わった。二人とも、それを悟っていた。
ルカは、マリアンヌへ向き直った。
「マリアンヌ嬢。今回のことは、すべて君の父上に伝える」
「……はい」
「伯爵家の名を利用したことも、睡眠薬を使ったことも、すべて伝える」
「……申し訳、ありませんでした」
「自分に都合のいい話を鵜呑みにし、浅はかな行いをする。それに、港に出入りする商人たちまで使用人のように扱う。そんな人間を、僕は軽蔑する」
その言葉に、マリアンヌはかなりショックを受けた様子だった。
その顔には、もう以前のような強気な表情はない。
「それから、覚えておいてほしい。僕が愛する人は今までもこれからも妻だけだ」
その言葉に、彼女は悔しさを押し殺すように俯いた。
ジョアンナは、その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
そしてルカは、クリスティアナの方を向く。
「あなたについても同じだ」
「……何をするつもりなの?」
「あなたが騙している伯爵にも、はっきりと事実を告げる」
「待って!」
クリスティアナが初めて取り乱した。
「それだけは……!」
「なぜだ?」
「……」
「あなたは、その伯爵と結婚して伯爵領を手に入れるつもりだった」
「それは……」
「なら、なおさら伝える必要がある」
ルカは一歩も引かなかった。
「僕は、その方にこう伝えるつもりだ。この女は貴方を騙し、伯爵領を思いのままにするつもりだと」
「……!」
「領主になれば、領民の生活を背負うことになる。自分の欲のために人を利用するような人間にそんな覚悟があるはずはない」
クリスティアナの顔から、完全に笑みが消えた。
「領民を苦しめるくらいなら、最初から王家に返上した方がいい」
クリスティアナは何も言えなかった。
自分が欲しかった伯爵領。
その夢が、今まさに目の前で崩れ落ちていく。
そして、最後にルカは静かに告げた。
「それから、僕の父上にもすべて話す」
「どういうつもり……」
クリスティアナの顔が青ざめた。
「侯爵家を出る際に持ち出した金品について、盗難被害として公安へ届け出てもらうつもりだ」
「待って、ルカ!」
「もう、僕にはあなたを庇う理由がない」
「……」
クリスティアナは、その場に立ち尽くした。
もう何を言っても、取り返しはつかない。
マリアンヌも同じだった。
ルカを振り向かせるどころか、自分の行いによってすべてを失おうとしている。
そして二人は、ようやく悟った。もう、だめなのだと。
どんな言い訳をしても、もう逃げ道は残されていない。
その後、マリアンヌの件は父である伯爵へすべて伝えられた。
事実を知った伯爵は、娘の行いに愕然とし、ルカとジョアンナへ深く謝罪した。
そしてマリアンヌは、父から厳しく叱責された。
今後、ルカやジョアンナへ一切近づくことを禁じられ、社交界からも遠ざけられることになった。
自分の愚かな行いによって、これまで築いてきた立場も、ルカからの信頼も、すべて失ってしまったのだ。
また、クリスティアナとの婚姻を考えていた伯爵にも、これまでのすべてが伝えられた。
当然、その話は白紙となった。
そしてクリスティアナについても、父へすべてが報告された。
侯爵家を出る際に持ち出した金品については、父の申し立てによって盗難被害として届け出られ、それらの品々もすべて返還されることになった。
その結果、クリスティアナには侯爵家へ戻る道も、伯爵夫人となる道も残されなかった。
彼女が送られることになったのは、国の外れにある修道院だった。
そこで、生涯にわたり奉仕活動を続けることになる。
こうして、ルカとジョアンナを引き裂こうとした二人の企みは、すべて終わりを迎えた。




