28話(エピローグ)
その夜。久しぶりに心のつかえがすっかり消え去ったわたくしたちは、二人きりの寝室で寄り添っていた。
最近では頼もしく振る舞う彼が、急に甘えるように、わたくしに抱きついてきた。
「ジョアンナ……今夜だけは、大人ぶるのをやめて、甘えてもいいですか?」
いたずらっぽい笑顔で、そう耳元で囁くと、ルカはわたくしの胸元へと顔を埋め、両腕を背中に回してきた。
「……あの甘え上手だったルカが、最近ではすっかり頼もしい大人の男性になってしまって……本当は、少しだけ寂しかったのですよ」
恥ずかしそうに打ち明けると、ルカは勢いよく顔を上げた。
その瞳を見ていると、無邪気だったあの頃の彼が蘇る。
「え、それは本当ですか……? 僕は、守るべきものが増えるたびに、ジョアンナに一人前の男として認められたくて……必死に背伸びをして頑張っていたのですよ」
「まあ……そうだったのですか? でもルカ、無理をしてはいけません。たまには甘えてもいいのですよ」
わたくしの言葉に、ルカは嬉しそうに目元を緩めると、今度はわたくしの首筋にしがみついて、耳元に唇を近づけた。
「ルカ……?」
「だったらジョアンナ、今夜は子供が一人増えて、三人になったと思って諦めてください」
そう言って、彼はもう一度、胸元に顔を埋めてきた。
「ルカ? 甘えるだけならいいですが、貴方はそれだけではすまないでしょう? 子供はそんなことまでしませんよ」
そう笑いながら呟いた。
「……なら、今の言葉は撤回します」
そう言った瞬間、きつく抱きしめてくる。
そんなルカをわたくしは心の底から愛おしく思い、彼の柔らかい髪にそっと指を通し、優しく撫でていた。
その仕草を気に入った彼はしばらくそのまま楽しんでいるようだった。そしてゆっくりと顔を上げた。
「……ジョアンナ、愛しています。ずっと、ずっと……貴女だけを」
そう囁くルカの声が嬉しくて、彼の大きな背中に腕を絡めた。
するとルカは額を合わせ、引き寄せられるままに口づけを落とした。
すれ違っていた時間を取り戻すかのように、何度も重ねられる唇。
胸の奥で燻っていた不安はすべて消え去り、二人を縛るものはもう何もない。そこにはただ、お互いを愛おしむ深い思いだけが残っていた。
静かな闇の中、二人は互いを求め合いながら甘い夜へと落ちていった。
────
それからしばらくして。
すべてを白日のもとに晒したあと、ルカとジョアンナは侯爵領の復興に力を注いだ。
海辺には新たな防波堤が築かれ、未来へ備えるため、防風林となる木々の苗も植えられていく。
塩を含んだ畑には川から水を引き、用水路を整備して少しずつ塩を洗い流した。
領民たちも力を合わせ、荒れ果てていた土地には少しずつ緑が戻り始める。
今日植えた木が大きく育つのは、何十年も先かもしれない。
それでも、その一本一本が未来へ繋がっていく。
侯爵領は、確かな一歩を踏み出していた。
────
夕暮れの庭を、ルカとジョアンナはゆっくりと歩いていた。
遠くから、リーガルが楽しそうにはしゃぐ声とリリアの笑い声が風に乗って聞こえてくる。
そんな穏やかな時間の中で、ジョアンナは静かに口を開いた。
「わたくし……必要以上に年の差のことを気にしすぎていたわ」
ルカは優しく微笑んだ。
「そうですよ」
「ええ。どれだけ考えても、この歳の差が縮まることは永遠にありません。それなのに、一人で悩んでばかりいました」
ルカは優しく見つめた。
「ジョアンナ。貴女は少し気にしすぎです。僕が好きになった女性が、たまたま年上だった。ただ、それだけです」
ジョアンナの表情がふっと和らぐ。
「それに」
ルカは少し照れくさそうに笑った。
「悪いですが、若さだけが取り柄の女性には何の魅力も感じません」
「ルカ……」
「僕が惹かれたのは、貴女の優しさです。強さです。そして誰よりも領民を思い、家族を思う、その心です」
ジョアンナの瞳が少し潤んだ。
「ええ」
彼女はゆっくり頷く。
「そうね。だったら、これからはもっと自信を持って歩んでいくわ。でも、だからといって綺麗でいることを諦めたりはしません。見た目も大切です」
「だったら僕もジョアンナと一緒に頑張ります」
「それはだめ。ルカはそれ以上素敵にならなくていいのですよ」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
「いいえ。僕はもっと、貴女に頼ってもらえるような大人の男にならなければ」
ルカはそう言って、ふっと息を吐いた。
「本当は、ジョアンナ以上に僕の方が年の差を意識していたのかもしれません。だから今まで、父と貴女を会わせたくなかったのです」
ジョアンナは優しく微笑んだ。
「知っていましたよ」
静かな沈黙が二人の間に落ちた。
────
手を繋いだまま、歩く二人は同じ思いを抱いていた。
この先も、きっと平坦な道のりばかりではないかもしれない。それでもこうして一つずつ乗り越えていけばいい。
自分を必要としてくれる家族がいるだけで人は強くなれるのだから。
信じ合う二人なら、乗り越えられない壁なんてありはしない。
遠くから聞こえる子どもたちの笑い声に耳を傾けながら、二人はこれからも、愛する家族と領民のために歩み続けていく。
その未来には、きっと幸せな日々が待っている。
完




