23話(疑問)
わたくしはもう一度、冷静になって考えた。
待って……。
マリアンヌ様は、あの日の夜のことを知っている。
それだけなら、まだ分かる。
でも……。
(どうしてクリスティアナ様が、あの夜、マリアンヌ様のところへ?)
クリスティアナ様は、わたくしたちの前から何も言わずに姿を消したはず。
それなのに、なぜ突然マリアンヌ様の前に現れたのだろう。
(二人はいつ何処で知り合ったのかしら?)
しかも、ルカが伯爵様に呼ばれたという、まさにその夜に。
(まるで、最初からそこにいると知っていたみたい……待って)
そこで、もう一つの疑問が浮かんだ。
ルカは、伯爵様から呼ばれたと言っていた。
なのに……。
(本当に、伯爵様がルカを呼んだのかしら? それに二人はあの夜、会ったのかしら)
そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
わたくしは彼女に質問をする。
「マリアンヌ様。一つだけ、よろしいでしょうか」
「もちろんですわ」
「あの夜、ルカはマリアンヌ様のお父様、伯爵様にお招きいただいたと申しておりました」
「ええ。そうですわ」
「……伯爵様は、あの日、本当にルカとお会いになられたのでしょうか?」
「……」
ほんの一瞬。
彼女の表情が止まった。
しかし、それはすぐにいつもの笑みに戻る。
「ええ、もちろんですわ。私もそばにおりましたもの」
「そう……ですか」
それでも何故かしら、その答えが、妙に引っかかった。
「でしたらマリアンヌ様のお父様もルカの母、クリスティアナ様にお会いになったのですね」
「い、いえ。お父様が帰られた後に、クリスティアナ様が訪ねていらしたのですわ」
「それで、マリアンヌ様は、クリスティアナ様とはもともと面識があったのですか?」
「え? ええ……社交界で、以前に何度かお会いしたことがありますわ。たしか、向こうから声をかけてくださったのです」
マリアンヌ様は、ほんの少し焦ったように答えた。
「そうですか……」
わたくしは、彼女の顔をじっと見つめた。
「それでは、クリスティアナ様がマリアンヌ様を訪ねていらしたのは、今回が初めてだったのですね?」
「も、もちろんですわ」
今度は、明らかに言葉が詰まった。
「……あ、そういえば私、そろそろ約束がございますので。今日はこの辺りで失礼いたしますわ」
マリアンヌ様は慌ただしく立ち上がった。
「ええ。お引き止めしてしまって申し訳ありません」
「いいえ。それでは……」
そう言って、彼女は足早に応接室を出ていった。
マリアンヌ様が帰ったあとも、わたくしはしばらく応接室から動けずにいた。
(……やっぱり、おかしい)
どう考えても、偶然とは思えない。
だからといって、まだ何も確かなことは分からない。
それならば……。
(伯爵様に直接お聞きすればいいのだわ)
ルカを呼んだのが本当に伯爵様なら、当然、あの夜のことをご存じのはず。
(だけどもし、伯爵様がルカを呼んでいなかったとしたら……?)
そこまで考えると、胸がざわついた。
ルカはわたくしに、伯爵様との話が長引いたから泊まったと言った。
(あの言葉が嘘になる……)
そして、ジョアンナはその日のうちに伯爵家へ手紙を送った。
『主人が先日はお招きに預かり、ありがとうございました。改めて御礼に伺わせていただきたく存じます』
そして……。
伯爵家から手紙の返事が届いた。
「奥様、こちらを」
執事のジョゼフから受け取った。
「ありがとう」
封を切り、便箋を開く。
そこに書かれていた一文を目にした瞬間、わたくしは息を止めた。
『何かのお間違いかと。私どもは侯爵様をお招きした覚えはございません』
「……え?」
思わず、声が漏れた。やはり、ルカを呼んだのは、伯爵様ではなかった。
(でも、何故ルカまでが会ってもいない伯爵様と話が長引いたなどと嘘をついたのかしら……どんな事情があったの?)
では、誰がルカを呼び出したのか。
答えは一つしか思いつかなかった。
(……マリアンヌ様)
そして、その裏には必ずやクリスティアナ様がいる。
そう思った瞬間、あの夜のルカの様子が脳裏に蘇った。
避けるように泳いだ目。
ぎこちない態度。
そして、微かに残っていた香水の香り。
(いったい、あの夜……何があったというの?)




