19話(悪巧み)
ルカの母、クリスティアナは、あとひと押しで伯爵が自分を妻に迎えてくれると確信していた。
ただ……話が進めば、いずれ伯爵はルカに会いたいと言い出すだろう。
(今はまだ、早い。その時ではない。なんとかルカを説き伏せてから……)
ルカは、わたくしのことをよく思っていない。それどころか、侯爵邸の離れを何も告げずに飛び出したうえ、金目のものまで持ち出している。
もし伯爵にそのことを知られたら、全てはお終いだ。
クリスティアナはしばらく考え込んだ。
(ルカを説き伏せるため、なんとかわたくしが近づく機会をつくらなければ)
そのとき、ふと一人の令嬢の顔が浮かんだ。
(そうだわ……あの娘なら使えるかもしれない)
伯爵家令嬢のマリアンヌ。
ルカに執着している、あの娘だ。
(あの娘を味方につければいい)
クリスティアナの口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
(ルカを自分のものにしたいという気持ちを利用すれば、きっとこちらの思い通りに動いてくれるわ)
数日後。
クリスティアナは、マリアンヌを人目の少ない場所へ呼び出した。
「ルカ様のお母様からお話があるなんて、私嬉しかったですわ」
マリアンヌは笑顔で椅子に腰を下ろした。
「ええ。今日は、あなたにとても大切なお話があるのです」
「私に?」
「ルカのことですわ」
その名前を聞いた瞬間、マリアンヌの表情が変わった。
「……ルカ様?」
「ええ。あなたは今でも、息子を慕っているのでしょう?」
彼女は少し照れながら答えた。
「はい。お慕いしております」
クリスティアナは、心の中でほくそ笑んだ。
「でしたら、あなたに協力していただきたいことがありますの」
「協力……?」
「ええ。あなたもご存じでしょうけれど、ルカはわたくしのことをひどく誤解しております」
「はい。それは以前お聞きしている理由ですね」
「そうです。前にもお伝えした通り、その原因を作ったのは、ルカの妻、ジョアンナです」
「本当に忌々しいですわ……」
マリアンヌの瞳に、敵意が宿った。
「私も、あの女がルカ様を自分の思い通りにしているのが許せません」
「まあ……やはりあなたもそう感じていたのね」
クリスティアナは、わざと驚いたような顔を作った。
「ええ。ですから、ルカをあの妻から引き離す必要がありますの」
「どうやって?」
「焦ってはいけませんわ。ルカは今、自分の妻を信じ切っています。無理に引き離そうとすれば、かえって反発されてしまうでしょう」
クリスティアナは少し間を置いた。
「だからこそ、あなたには別の役割をお願いしたいのです」
「私に?」
「ええ。あなたはルカを振り向かせたいのでしょう?」
「もちろんですわ」
「ならば、まずはあなたが、ルカと過ごす時間を作るのです」
マリアンヌは黙って考え込んだ。
「でも……どうやって?」
「あなたは、この伯爵家のご令嬢でしょう?」
「……あっ」
「あなたの領地の港や、あと舞踏会でも構いません。ルカと顔を合わせるたびに、あなたが自然にそばにいればいいのです」
「それだけで?」
「それだけではありませんわ」
クリスティアナは、マリアンヌの目をじっと見つめた。
「ルカをなんとか引き留めて、一晩帰さなければあの妻も平静ではいられなくなるでしょう」
その言葉に、マリアンヌの口元がわずかに緩んだ。
「……嫉妬させるのですね。それは私も考えていたことなのです。なんでしたら睡眠薬もありますのよ」
「え、睡眠薬? それはとてもいい考えだわ」
クリスティアナの言葉に、マリアンヌは嬉しそうに微笑んだ。
「私にお任せください」
彼女はその返事を満足気に聞いた。
だが、その心の中にある思惑は、マリアンヌが考えているものとは違っていた。
(そうよ。そのままルカをあなたに引き寄せてちょうだい。その時こそわたくしが話を持ちかければいいのだから)
そう、彼女はルカに子供のためにと、ある話を持ちかけようとしていた。
(あの子は子煩悩だわ。いずれ嫡男が侯爵領を継ぐとしても、下の子や、これから生まれるかもしれない子供にも、何かを残してやりたいと思うはず。ならば、わたくしが手に入れる伯爵領を、その子供に継がせる領地としてちらつかせればいいのだわ)
クリスティアナは、何も知らないマリアンヌに優しく微笑みかけた。
「これで、きっとあなたの願いも叶いますわ」
「ええ。絶対にルカ様を振り向かせてみせます」
二人は互いに笑みを浮かべながら、同じ計画を立てているつもりだった。
しかし、クリスティアナの目的は、あくまでルカをうまく丸め込み、伯爵との顔合わせを穏便に済ませることだった。
そう、マリアンヌはそのために利用する駒にすぎない。ルカを妻に内緒で伯爵領へ呼び寄せるための、ただの餌だった。
(面白くなってきたわ。マリアンヌと一晩明かし、そこへわたくしが現れたら驚くでしょうね。その場で、ジョアンナには黙っているからと話を持ちかけるだけでいいわ……)
クリスティアナは心の中で、満足気に微笑んでいた。
(伯爵領を餌にし、彼女と一晩過ごしたこともジョアンナには黙っていてあげる。この二つがあれば、ルカは必ず落ちるわ)




