16話(伯爵領の港にて)
翌日。
これまで何度か伯爵領の港へ行き、商人たちから津波被害を受けた他国の復興状況や、塩害に強い作物について話を聞いていたルカは、今回も港へ向かうことにした。
昨日のうちにジョゼフから伯爵家へ先触れを出し、商人たちからさらに詳しい話を聞き、必要であれば種や苗などの取引もしたいと伝えてあるという。
今回は、わたくしも仕事に復帰したので同行させてもらった。
港へ着くと、商船が行き交い、荷の積み下ろしをする商人たちで賑わっている。
「さて、まずは前回話を聞いた商人を訪ねてみようか」
ルカがそう言って歩き出した、その時だった。
「ルカ様!」
淑女らしからぬ大きな声に振り向くと、そこには、マリアンヌ様が立っていた。
どうやら先触れでわたくしたちが今日ここへ来ることを知り、待っていたようだ。
(彼女は、ルカが訪れるたびにこうして姿を現していたのかしら?)
それにしても、港を訪れるにはあまりにも華やかなドレス姿だった。
「本日はジョアンナ様もご一緒なのですか?」
マリアンヌ様はわたくしを見ると、少し驚いたように目を見開いた。
「ええ。今回から、わたくしも主人と一緒に復興について考えていこうと思っておりますの」
「まあ、そうでしたの」
そう言いながらも、マリアンヌ様はわたくしには目も向けず、ルカばかりを見ていた。
「でしたら、本日も私がご一緒いたしますわ。この港のことでしたら、私もよく存じておりますもの」
にこやかな笑みを浮かべるマリアンヌ様を前に、わたくしは胸の奥にわずかなざわめきを感じた。
「それに、今までもこうして私がルカ様をご案内していたのですよ」
そう言って、マリアンヌ様は意味ありげな目でわたくしを見た。
────
港には、いつもとは少し違う顔ぶれの商人がいた。
聞けば、今日は隣国にも大きな商会を持つ、大商人がこの港を訪れているらしい。
これはちょうどいい。
僕は彼に、隣国では津波の被害を受けたあと、どのような対策を取ったのか、詳しく話を聞いてみることにした。
もしかしたら、先日の商人たちから聞いた話とはまた違う情報が得られるかもしれない。
それに、できれば大麦やテンサイの種、それから塩害に強い薬草の苗なども買い付けたい。
そのことをマリアンヌ様に伝えると、彼女はすぐにその大商人へ声をかけた。
「こちらの方々に、あなたがご存じのことを教えてあげてちょうだい。それから、できることがあれば協力して差し上げて」
領主の娘としては、少しばかり上から目線の物言いだった。
僕は慌てて商人へ向き直ると、深く頭を下げた。
「突然のお願いで申し訳ありません。僕たちの領地も先日の津波で大きな被害を受けました。隣国での復興について、少しでも参考にさせていただきたいのです。どうかお力を貸していただけないでしょうか」
「そこまで丁寧に頼まれてしまっては、私も知っていることをお話しして、できる限りのことはさせていただきますよ」
商人は先ほどまでの少し憮然とした表情を和らげると、丁寧に話し始めてくれた。
「隣国では、まず海水を被った田畑から塩を抜くことを一番に行います。川から水を引き、用水路を通して田畑に流す。近くに川がない場所では、井戸水や、貯水池を作ります。そして、土に残った塩を含んだ水を排水路から外へ流していく。その間は、塩害に比較的強い作物を育てていました」
「なるほど。貯水池か……。あと、それら作物の種類を教えてもらいたい」
「はい。大麦などは比較的育てやすいでしょう。それに、とうもろこしも強いです。土地によっては薬草を植えるところもあります。薬草の中には、塩分の多い土でも育つものがありますからな」
僕は真剣に彼の話を聞きながら、必要な種や苗についても尋ねていった。
すると、それまで黙って話を聞いていたジョアンナが、口を開いた。
きっと昨日僕に話してくれたことを実行に移すために、必要な情報を集めたいのだろう。
「でも……塩を抜いて、作物を育てるだけでは、また同じことが起きた時に困りますわ」
「え?」
商人がジョアンナを見る。
「今回のような津波から、領地そのものを守る方法も考えた方がよいのではありませんか?」
「海から領地を守る、ということですか?」
「ええ。たとえば、海岸に防波堤を築いて、少しでも波の勢いを弱めるのです。それから、海岸沿いに木々を植えて防風林を作れば、潮風による塩害も抑えられるのではないでしょうか」
商人は目を見開いた。
「防波堤に……防風林ですか」
「はい。すぐに効果が出るわけではありません。でも、今の領民だけでなく、その先の世代もこの領地で暮らしていくことを考えれば、今から始める価値はあると思いますわ」
「これは……驚きましたな」
商人は感心したようにジョアンナを見つめた。
「被害を受けた土地を元に戻すだけでなく、その先まで考えておられるとは。領主様は、なんとも頼もしい奥方様をお持ちですな」
「いえ、そんな……」
ジョアンナが照れたように微笑む。
僕はそんな彼女を見ながら、改めて思った。
やっぱり、ジョアンナはすごい。
防波堤や防風林の話は、昨日彼女から聞いたばかりだったが、僕が目の前の復興に必死になっている間に、彼女はその先にある未来のことまで考えていたんだ。
すると、側で話を聞いていたマリアンヌ様が、面白くなさそうに口を挟んだ。
「まあ……我が伯爵領では、津波なんて来たことがありませんもの。そんなこと、私には分かりませんわ」
その言葉に、ジョアンナが少し首を傾げた。
「それは、そうですわ」
「え?」
「伯爵領とわたくしたちの領地では、海岸の地形がまったく違いますもの」
ジョアンナはそう言うと、港の向こうに広がる海を見つめた。
「こちらの港は入り江の奥にありますでしょう? 外海から入ってきた波が、そのまま陸地へ押し寄せるわけではありません。入り組んだ地形によって、波の勢いが分散されるのですわ」
商人も、マリアンヌ様も、思わずジョアンナを見た。
「だからといって、こちらに津波がこの先絶対に来ないという意味ではありません。でも、もし来たとしてもわたくしたちの領地とは受ける被害の大きさがまるで違うのです」
「……なるほど」
商人が感心したように頷いた。
「そんな地形のことまで考えておられるとは……」
それには僕自身も驚いていた。
マリアンヌ様の表情が、みるみる曇っていく。
だけどジョアンナは、そんなことには気づいていないようだった。
「ですから、マリアンヌ様が分からなくてもそれは仕方のないことなのです。だけどわたくしたちの領地はそうはいきません。他国でどのような対策をしているのか、できるだけ多くの情報を集める必要があるのです」
その言葉に、僕は思わず笑みをこぼした。
「やっぱり、ジョアンナはいつだって頼りになる」
ジョアンナは少し恥ずかしそうに僕を見上げてから、商人に向かって頼んだ。
「ぜひ、これからも他国の津波対策を調べて教えてほしいのです。そして、防風林に適した、塩に強い木にはどんなものがあるのかも、お聞かせください」
そのやり取りを聞いていたマリアンヌ様は、何も言わずにただ悔しそうに唇を噛んでいた。




