15話(新たな策)
朝、目を覚ますと、隣にいるはずのルカの姿がなかった。
子供たちの部屋へ行くと、リリアを膝に乗せたルカが、リーガルと楽しそうに遊んでいた。
「ルカ、ここにいたのですか?」
「あ、おはよう。リーガルの様子が気になっていたんだが、今朝はいつも通り元気で安心したよ」
「あっ、そ、そうね。でも熱は昨日のうちには下がっていたのよ」
(心配させてごめんなさい)
心の中で謝りながら答えた。
「さ、では皆で朝食にするか」
そう言って、ルカがリリアを抱き抱えたまま立ち上がった。
わたくしは彼からリリアを受け取ると、そっと胸に抱いた。
「では、行きましょうか」
そう声をかけると、ルカはリーガルの手を取り、わたくしたちは揃って食堂へ向かった。
食堂に入ると、焼きたてのパンの香りが漂っていた。リーガルは嬉しそうに目を輝かせると、ルカの手を引っ張った。
「お父様、早く食べよう!」
「ああ、そうだな」
そんな二人のやり取りを見ながら、わたくしは思わず微笑んだ。
こうして家族四人で囲む朝食は、何気ないけれど、わたくしにとって何より大切な時間だった。
ちょうどそこへ、執事のジョゼフが入ってきた。
「旦那様、先日頼まれていた津波被害の詳細がまとまりました。領地の被害状況と、領民の被害についても報告書にまとめております」
そう言って、ジョゼフは手にしていた書類の束をルカへ差し出した。
「ありがとう。ご苦労様」
ルカは書類を受け取ると、すぐに目を通し始めた。
「被害の大きかった地域から、もう一度確認しよう。特に田畑の塩害については、もっと詳しく調べる必要がある」
真剣な表情で書類に目を落とすルカを見ながら、わたくしも気持ちを新たにした。
もうすぐ仕事に戻るのだから、これからはルカと二人で、この領地を立て直していかなければならない。
そのためにも、まずはわたくし自身も今の被害状況をきちんと把握することから始めようと思った。
そんなことを思っているとルカが口にする。
「塩に強い作物や、田畑から塩を抜く方法については伯爵領の港を出入りする商人たちから、あらかた話は聞いているよ」
「まあ……もうそこまで調べていたのですね」
マリアンヌ様は、お父様が治める伯爵領の大きな港に集まる商人たちから、津波被害への対策に必要な情報を集め、その橋渡し役を担っていた。
(やはり今のルカにとって、マリアンヌ様の存在はとても大きいのね……)
ほんの少しだけ胸の奥が痛んだ。だけど、被害を受けた領民を思えば、そんなことは些細なことだと気持ちを切り替える。
「できることは、少しでも早く始めたいからね。領民たちの生活を考えれば、いつまでも手をこまねいているわけにはいかない」
ルカの言葉に頷きながら、わたくしは彼から聞いた話を頭の中で整理していた。
塩に強い作物を育てること。
田畑に水を引き、土に残った塩を少しずつ洗い流すこと。
どれも今ある土地を元通りにするためには必要なことだった。
だけど、今回は今まで経験したことのない規模の津波だった。ふと、別の考えが頭に浮かんだ。
「……ルカ。もし、また同じように大きな津波が来たら?」
「え?」
「せっかく塩を抜いて田畑を蘇らせても、また海水を被ってしまえば、同じことの繰り返しになってしまうわ」
そう口にした瞬間、わたくしの中で一つの考えが形になっていった。
「だったら、いっそのこと海から領地を守る方法も考えるべきでは?」
「海から……?」
「ええ。海沿いに、津波を防ぐための大きな堤を築くのです。もちろん、完全に防ぐことは難しいかもしれません。でも、少しでも勢いを弱められれば、領地や田畑を守る助けになるはずですわ」
ルカはしばらく黙ったまま、わたくしの言葉の意味を考えていた。
「……そうか。被害を受けた土地をどうやって元に戻すか、そればかり考えていた。被害そのものを防ぐことまでは、考えが及ばなかったよ。さすがだな」
「そんな……大したことではありませんわ。それに、今回のような大きな津波に備えることができれば、これまで経験してきた規模の津波なら、被害をかなり抑えられるかもしれませんわ」
そして、わたくしはもう一つ思いついたことを口にした。
「それから、その防波堤の形なんですが、弓の先端が反り返った部分と同じ形にするのです。そうすれば波の勢いを逆方向へ変えられるのではないのでしようか。それと、海沿いに木を植えるのもいいかもしれません」
「木を?」
「ええ。海からの風や波の勢いを少しでも弱めるために、海岸に木を植えて防風林を作るのです。すぐに大きくなるわけではありませんけれど、何年、何十年先のことまで考えれば、きっと領地を守る力になってくれると思いますわ」
ルカは驚いたように目を見開いたあと、今度はゆっくりと頷いた。
「防波堤の形や、森まで……か。なるほど。今の被害に対応するだけじゃなく、これから先の領地を守ることまで考えるんだな」
「ええ。わたくしたちが今ここで暮らせているように、子供たちも、そのまた子供たちも、この領地で安心して暮らせるようにしたいのです」




