14話(罪悪感)
一人、先に屋敷へと戻ったわたくしは、着替えを済ませて、すぐに子供部屋へと向かった。
部屋に入ると、リーガルは年配のメイドに世話をされながら、元気に玩具で遊んでいた。その隣では、まだ小さなリリアが目を開けて笑っている。
わたくしは我が子のもとへ駆け寄り、思わずリーガルをきつく抱きしめた。
「ごめんなさい、リーガル……。あなたが熱を出したなんて、お父様に嘘をついてしまったわ」
ひとりごとのように零した言葉に、側にいた年配のメイドは何かを察したようにそっと目を伏せた。そして「お茶を淹れて参りますね」とだけ言い残し、静かに部屋を出て行ってくれた。
(今日のわたくしは、本当にどうかしているわ。使用人の前だというのに、つい本音を漏らしてしまうなんて)
リーガルを抱きしめながら、リリアの無邪気な瞳を見つめていると、目の前の視界が歪んだ。
自分でもわけが分からないまま、涙がぽろぽろと頬を伝って零れ落ちていく。
お茶の支度を整えて戻ってきたメイドは、わたくしの濡れた目元を見て少し驚いたようだった。それでも何も言わずにお茶を注ぎながら優しい声で語りかけてくれた。
「奥様。もしかするとそれは、軽い『産後うつ』の症状かもしれません。どうかご自分を責めず、お好きなこと、興味が持てることをされてはいかがでしょうか」
年配のメイドの全てを見透かしたような眼差しに、わたくしは静かに頷いた。
(そうなのね……きっと、そうなのだわ)
『これは産後うつのせいよ』
そう自分に言い訳をするように、心の中で何度も呟いた。マリアンヌ様への嫉妬や不安ではなく、病のせいなのだと思いたかった。
そして、こんな時こそ、何かに熱中して余計なことを考える時間を無くさなければと考えた。
……やはりわたくしは、仕事に復帰するのが一番のように思えた。
しばらく子供たちの相手をして心を落ち着かせた後、わたくしは書斎へと足を運んだ。本棚から手に取ったのは、『塩害被害と対策』と表紙にある厚い専門書。それはここ最近、ルカが夜遅くまで熱心に読み耽っていたものだった。
夢中でページを捲っているうちに、あっという間に時間が過ぎていたらしい。まもなくして、ルカが王宮から帰宅した。
彼が着替えを終えた頃を見計らって応接室へ向かうと、ルカはわたくしの姿を見るなり、心配そうな表情で駆け寄ってきた。
「ジョアンナ、リーガルの熱は?」
「えっ、あ……」
不意の問いかけにわたくしは一瞬だけ罪悪感で言葉に詰まった。すると、側でお茶を淹れてくれていた先ほどのメイドが、気を遣い、代わりに答えてくれる。
「ご安心ください、旦那様。リーガル様のお熱は今はもうすっかり下がり、落ち着いておられますよ」
そう言って一礼をして、お茶を出し終えると、余計なことを語らず部屋を辞していった。
(ありがとう……)
心の中で彼女に感謝した。
そして、わたくしはあらかじめ用意していた言い訳をルカに告げた。
「ルカ、今日早くに戻った後、さっきの彼女に言われたの。わたくし、少し『産後うつ』の気があるのかもしれないって。だから何か好きなことをして気分転換をしようと思ったのだけれど……やっぱり、わたくしは仕事をしている時間が一番落ち着くみたい。それで書斎へ行って、最近貴方が読んでいた本を夢中で読んでいたのよ」
ルカは驚いたようにわずかに目を見開いた後、心配そうにわたくしを見つめた。
「産後うつ……。僕は男だから詳しいことは分からないけれど、辛い時は我慢せず、何でも僕に言って欲しい。ジョアンナに無理をさせてしまっていたなら謝るよ」
「ありがとう、ルカ。でもね、じっとしているより忙しく動いている方が心が休まるみたいなの。だから……前のようにまた領地のお仕事、貴方と一緒にさせてもらえないかしら?」
ルカは少し考え込んでいたが、最後は優しくわたくしの肩を抱き寄せた。
「分かったよ。でも、絶対に無理はしないで欲しい。少しずつ、自分のペースで構わないからね」
優しい夫の言葉に感謝しながら、この夜、わたくしは久しぶりにルカと抱き合って眠りについた。
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
だからといって、不安な気持ちが消えたわけではなかったけれど……。




