第4話 ケルベロスヘッズ3
「物質転送が大変ってのは分かったけど、装備は?」
「それはスキュラ姉さんが今、準備しています。あちらと同じ物は無理ですが、それなりのものは支給します」
支給ときたか。
やっぱり株式会社フォックスレイン就職ルートじゃない?ゲームには思い入れあるけど、できれば陣営は選びたい。すごく言いにくいけど。
「……ぇーっと、用意してくれるのは嬉しいけど、対価は?今、ちょっと持ち合わせは多分ないよ?っていうか、ふたりは……味方?」
「ご心配なく。ゲヘナは不要です。八月朔日が死んでも無償で復活させますし、特に協力の強制もしません。敵対したければご随意に。それによって復活させないという不利益もありません」
「え?」
「私たちの目的はカドメイアとこちら、ケルベロスヘッズ内にエンゲージポイントを確立させることです。今はまだ八月朔日程度の運命しか変換できませんが、これを継続することによって、やがてはより大きな運命をイデアへと変換可能となります」
「ああ、なるほど。分かった。そういうことね。目的はお母様か」
「そういうことです。私たちの目的はお母様だけです。それ以外は些事です。八月朔日ひとりがどう動こうと何も変わりません」
「例えば、今ここでふたりを殺しても?」
剣呑な言葉にも、クラーケンの表情はなにひとつとして変わらなかった。
「ですからご随意に、と。ただし、それは不可能だと断言します」
ゆらりと足元からイカの足が伸びて、私の頬を撫でた。
なんかいちいちホラゲーくさい表現するのは、フォックスレインはホラゲー扱いなの?キュリオスゲームにとって。
まあ、無理なんだろうな、と思う。
装備もないし、スキル確認もまだ。何よりレベルダウンしてるって感覚がある。フォックスレイン終わりの全能感にも似た、力の充実、それは感じない。端的に言って自分自身が頼りない。
「降参、冗談だよ」
「そうですか。私には冗談は分かりかねます」
「そうだろうね。ところで用意してくれるのは装備だけ?ゲヘナは?」
「それも必要とあれば、お小遣い、と呼ばれる程度にはお渡しします」
ゲヘナは通貨、つまりお金だ。
ステータスにもその項目はあるし、クラーケンは早速に振り込んでくれたようだ。現金ではなく、電子?マネーのようだ。
0だったGehennaが3,000,000GHNになった。って多いな。多くない?多いよな?これ。もしかしなくても前世分での実績か、もしくはかつての課金分が上乗せされているのかもしれない。
「ホテル代くらいにはなるのかな?」
「ランクによりますが、贅沢しても1ヶ月分にはなるかと」
「どうもありがとう」
「それと注意します。可能な限り天使からゲヘナの借入は行わないでください」
「ん?天使から借金するなってこと?」
「肯定します。天使が貸付を行っている目的は最終的にイデアの差し押さえです」
「内臓じゃなくて魂そのものを差し押さえるんだ」
「ええ。魂もヘイローに情報として記録してしまえば、それは物と一緒です」
「……嫌な世の中だね」
話しながらも勝手にアラクネストに捕捉情報が出ていた。オート注釈機能があるらしい。
こちらの世界のNPCの妖精がどうしているのかは知らないが、人間はPC、NPC問わず復活のためにはゲヘナが必要らしい。
ヘイローに記録し、死ねばリプレースメントを作成して復活する契約を天使としている。ゲーム的には自動的に天使が復活させてくれるという訳だ。
そのヘイローの情報量はそのままゲヘナに換算できる。つまり自分の魂の値段が分かる。この魂の値段以上に借金を行い、これを返さずにいると懸賞金が天使から掛けられ、次に死んだ時に差し押さえ、つまり天使へと強制種族変更されてしまう。
ロボットアクションへとジャンル変更だ。天使には経験値やレベルの概念がなく、ゲヘナでしか自身の強化が出来ない。それが嫌なら賞金稼ぎや天使に殺される前に借金返済した上で、さらに懸賞金を上乗せして払えば無罪放免だと。
噂ではロボアクションものからヒラエスすると最初から天使らしい。さっき調べた時にそう呟いている人がいた。
「そうでもありません。こちらの世界は何をするにもゲヘナ次第です。ゲヘナがあれば叶わないことはないと言っても過言ではありません」
「死ぬのも生きるのもゲヘナがあれば自由自在だものね」
「先ほども申し上げた通り、八月朔日は死んでも無償で復活させます」
「ん?あれ?そうなの?」
「ですからそう言っています」
「リプレースメントだってタダじゃないんじゃない?」
「あまりにも短期間に何度も死ぬなら再検討しますが、当面はお気になさらずに。説明しておきますが、現状、八月朔日のイデアはヘイローにイデアライズしておりません。今もお母様の元にあります」
「あ、嫌な予感」
やっぱりカドメイアに私の肉体はもうないな。さては。
いや、サービス終了してるんだから、それは当たり前なんだけど、システム的にではなく、ストーリー的にだ。
おそらく絶対運命に吸収された、と。
ってか、第4形態でなんかこっちのコピー出してたし、そもそも死んでも蘇らせてた時点で私のイデアは吸収済みだったのだろう。
もちろん、私の本当の魂はリアルにある訳なので、ゲーム的に絶対運命の中にあってそれをコピーしてリプレースメントで肉体を再現。そこにコピーされた魂を入れると。もしも現実の話なら、自分とは?魂とは?存在とは?私は何番目の私なの?って悩んだりするところだ。
無償で復活させてくれるのは、フォックスレインの頃のゲーム内通貨残か課金分のどっちかの補填なのかもしれない。
「八月朔日の肉体が崩壊、死を迎えた時点で自動的にイデアをカドメイアから再トレーシングします。ただし、この方法ですと八月朔日がこちらに来てからのイデアコードがそのままロストします。ですので定期的に八月朔日のイデアコードをカドメイアに送ります」
「それってつまり定期的にお母様に面会しろと?」
「いいえ、それも不要です。自動的にアラクネストを通じて更新分を私の元に送るように処理しました。お母様には私から送ります」
「こわ!?」
リプレースメント自体が純粋に人間の肉体のクローンなどではなく、脳の一部に生体コンピューターが組み込まれているってのは確かに書いてあった。それがあって初めてイデアの移し替えが可能になっている。とはいえその生体コンピューター部分に勝手に色々書き込まれているのは怖すぎる。
「ウィルスとか入れられてない?」
「例えそうだとしても、そもそも八月朔日に選べるのは今のリプレースメントを失ってそのまま二度とこちらに来ないか、それともどんなリプレースメントであっても甘んじて使うかの二択です」
……なんだろう、この辺もゲームのストーリー的にはゆくゆくは調べて行った方が良いのかもしれない。株式会社フォックスレイン退社ルートを。単純に天使から借金しまくれば……あ、私の元のイデアはお母様の所か。
リプレースメントを失って二度とこちらに戻らない、っていうのはヒラエスしたデータを破棄してニューゲームからの人間としてやり直せって意味だろう。この選択肢は今のところまったくない。
ストーリーが進行したら、なにがしか状況は変わる気もするし、そもそもメインストーリーは始まってもいない。今はいいか。
「だいたいわかった。ありがとう。それで、この後は?退院手続きは必要?」
「お礼も手続きも不要です。ケルベロスヘッズの市民IDも送っておきます。天使に提示を求められたらこれを出してください。部屋を出たらスキュラ姉さんから装備を受け取ってください。他に何かあれば連絡先も登録済みですので、そちらから連絡を。では」
言いたいことだけ言ってクラーケンはさっさと出ていってしまった。
この部屋には特に調べるものもないので、後を追うように出たけど、もうクラーケンの姿はどこにもない。
突き当たりにある部屋だったので、とりあえず廊下に沿って進んで行くと、声がかかった。
「八月朔日。こっちだ」
意外と律儀なスキュラは私のことを壁に身を預けて待っていたようで、側まで行くと歩き出す。
さてさて、どんな装備が貰えるのやら。




