第3話 ヒラエス3
「絶対運命テウメッサ=テウメソス」
「嫌だわ。お母さんって前みたいに呼んでくれないと、ほづみちゃん」
「距離感バグってるなあ、相変わらず」
試しに武器を呼び出せないか、試したけどそれは無理らしい。
そもそもシステム的にはまだゲームは始まってもいないのか。
「バグってる?それもたまに聞いたわねえ。要はおかしいってことでしょう?直面した現実が受け入れられないって意味でしょう?お母さんがちょっと強くなりすぎたからってダメよ。自分の運命が足りなかったのをお母さんのせいにして」
運命。
フォックスレインでは重要な概念だ。
運命=レベルみたいにおおざっぱに言われていた。何度も語られる「強い運命」という言葉に引っ張られて、レベルやステータスがゲーム上で語られる運命に近しい概念だと多くのプレイヤーが思っていた。
それは間違いだ。
強く思ったのはこの女狐が第4形態を表してからだ。
「スキル無効、攻撃魔法無効はどう考えてもやりすぎだったのでは?」
目の前のラスボスのおそらく最後であったであろう第4形態の特性がそれだった。
スキル攻撃を放つと、足元からこちらと同じ性能の影を呼び出して相殺、攻撃魔法も同様にレジスト、結果としてシステム的なスキルではなく、純粋な自身のプレイヤースキルのみで戦うことを強要された。
それ以前の形態では今までのレイドボスのギミックや特性で対処できるものが多かったのが、最後の最後で完全初見の特性で、つい癖でスキルを撃とうものなら影で相殺して本体で大ダメージ、あっという間にカーテンコールのふたりが落とされた。
そしてあの時言われたセリフが運命についての本質だった。
「あれくらいで音を上られてもねえ。言ったでしょう?運命とは決して宿命のことではない、と。テウメッサの尾のひとつでしかなかったお母さんはその宿命を運命で乗り越えた。確かにほづみちゃんも他の皆もお母さんのこどもよ。でも最後にその命を運ぶのはほづみちゃん自身なんだから。お母さんから与えられた宿命以外の自分自身の運命そのもので戦わないと」
スキルも上限まで上げたレベルもステータスも、それはこの最後の怪物から与えられた宿命=怪物からコピーされた要素=定められたデータに過ぎなかったと。それでは越えられないと。
最後に必要な運命、それはアバターの中にあるのではなく、それを操るプレイヤーそのもののことだったのだと。
実際、ヒントはあった。
スキルの習得には必要なレベル、ステータスがあり、そこに達して覚えるのが普通だ。ところがレベル、ステータスが達していなくとも、通常攻撃に未修得のスキルエフェクトが発生することがあった。それは主にクリティカルが発生して相当ダメージが出た時かつ、その動作が武術における型のように正確で綺麗だった時だ。
中には謎スキルといわれるものがあった。相当するスキルがないのに、エフェクトが出て、クリティカル以上のダメージが出る攻撃が。
オリジンとか、固有とか、ユニークスキルとか呼ばれるそれは、メーカーからバグやグリッチではないとだけ説明され、最後まで詳細不明なままで、でもプレイヤーはみんな知っていた。
自分自身のプレイヤースキル由来のスキルなのだと。
そしてそれは影には相殺されなかった。
派手な高レベルスキルよりも、こっちの方を重視しているプレイヤーは当時、ほぼほぼ皆無だったに違いない。
なにしろシステム的なスキルと違って、必ず狙って出せるかというと、結構な確率で出なかったりする不安定さだった。ダメージ量にしても破格、というほどではない。高火力の奥義系スキルの方がダメージ量は高かった。それがまさか最後の最後で攻略法はそれです、と分かっても、ふざけるな、としか言いようがない。
使いにくかったそれは余裕がある時か苦し紛れのどちらかでしか使ってこなかった。気がつけるか!と突っ込んだのは自分が最後のひとりになって死ぬ直前だ。
結局、テウメッサの尾にして最終的にテウメッサそのものになったラスボスによって生み出された存在たるプレイヤーの誰もが運命が足りなかった。
私も、他のプレイヤーも、アバターではなくその根幹たるプレイヤー自身の運命が足りなかった。
ただそれだけの物語だった。
「それで?その未熟な運命でしかなかった私と、絶対運命にして陰影、停止、減退を司る天中殺を自称するお母様が、こうしてまた話しているのには何の意味があるので?」
ニヤリと笑うその細められた目はまさしく人喰いの怪物そのものだった。
「道が開けたのよ。私がすべてになったカドメイアとは違う、別の場所、別の世界、別の運命にねえ。でもいくらお母さんが完璧で絶対な運命でも、本当にあちらでもそうとは限らないでしょう?もしかしたら私ではない絶対がいるかもしれないし」
「前と同じことしようって?もう石にされたくないから?」
声を上げて笑う。
「さすが私の運命に一番近かった子ねえ。愛しているわ。そうよ。前と同じ。ほづみちゃんたちは死んでも私がいる限り死なない。何度死んでもね。そう、あちらではイデアっていうのだったかしら?イデアの輝きが消えない限り」
イデア。
フォックスレインでは聞かなかった新しい言葉だ。
昔、倫理の授業か何かでも聞いたし、ケルベロスヘッズの誰かの実況でも何度か聞いた。
要は、プレイヤーが諦めたり、飽きたりして、ログインしなくならない限りって意味には違いない。勿論、運命同様に字義を超えた何かしらの意味、意図がゲーム的にはあるのだろうけど。
ってか、もしかして褒められた?あのゲームでの最優プレイヤーは私だった!?
思わずニヤリとしかけて口を歪めて皮肉で返す。
「自分に殺意を持った相手をより強くなれる可能性のある世界に送り出そうなんて、自殺願望があるのかな?私たちのお母様は。私があちらでその絶対になるかもしれないのに」
見事にヒラエスシステムとストーリーをリンクさせてきたのも嬉しかった。ただコンバートするのではなく、ストーリー的にもケルベロスヘッズへと送り出そうとしている。
そしてこのストーリーはもう間違い無いだろう。
再戦は約束された。
そしてキュリオスゲームもはっきりと言葉で答えてきた。
「それじゃあその時をお母さん、楽しみに待っているわねえ。どちらの願望が運命で絶対なのか、本当に楽しみ」
ケルベロスヘッズの地に、この怪物はやがて降り立つのだろう。
赤い雨とともに。
降り出した雨に合わせて、地面の赤が蠢いて巨大な影をつくりだす。
狐のような長大すぎる顎門を誇る頭。
人に似た肋骨にからみつく蛇、百足。
人の腕のように伸びる兎、竜、茨、鳥、鰐鮫、獅子。
そして優美な脚の狐の下肢とその尾の部分から伸びる牝狐。
この女狐の本当の姿。
その影の上で女が笑っていた。
「いってらっしゃい。八月朔日」
雨は激しく降りしきる。
逆さまに。
地から空へと向かって。
やがて世界を赤く染めて、そして赤しか見えなくなった。




