第3話 ヒラエス2
え?
バグ?
いくつか見た実況プレイではこのまま街の中までワープするみたいに引き込まれ、そしてキャラクター作成含めたイントロダクションが始まっていた。
それが周囲の景色から動きが消え、さっきまでめまぐるしく動いていた空も静止していた。
そしてメッセージが宙に現れる。
おかえりなさい。八月朔日様。
八月朔日様は「フォックスレイン」のデータIDより
キャラクターコンバートシステム「ヒラエス」が使用可能となっております。
ヒラエスを使用しますか?
YES / NO
ああ。
ああ、そういうことか。
もちろん、YES一択だ。
と、それを選択する前に、利用規約、ヒラエス使用に関しての条件、注意、コンバート内容に関する説明も出てきたので、ざっと読んだ。
要はフォックスレインからアバター、アイテム、レベル、スキルやステータス、そのすべてを完全に移行できるわけではないこと。
スキルやアイテムは互換のある似たようなものに置き換えられること。
置き換えられずにただ消えるデータも存在すること。
レベル、ステータスについてはプレイヤーの強化、育成状況、プレイヤースキルに合わせてケルベロスヘッズの仕様に合った内容に変更させられること。
こういうアバター、ステータス、スキルやアイテム構成になるというような事前提示はできないこと。
あとはほとんど飛ばして同意するにチェックするだけの利用規約の類だったので、すべてを確認したにチェックを入れて、諸々の説明を閉じる。
最後に私のプレイ状況をモニターして、その内容の一部をPR動画として使用することについて同意を求められた。
事前に調べた時にも確かにあった。
ゲーム上で発生するイベントにはNPCや世界との関わりで、運営が予期しないものであったり、あるいは条件を達成した限られた人だけが参加可能なレアイベントが存在する。
そうした内容を幸運にも関われた人だけが楽しんで終わりにするのではなく、それを運営が編集してストーリーのある動画としてまとめてPR公開していた。
これによって有名になったり、人気になったりするプレイヤーがいる。公式に取り上げられて自分もそうなりたいと願うプレイヤーは多い。
自分が有名になりたいか?と問われると柄じゃない。
しかし、それによってゲーム内報酬だけじゃなく、現金も受け取れるとなると、現在絶賛無職の自分にとってはありがたい。
同意して閉じると、最終確認の
ヒラエスを使用しますか?
YES / NO
だけが残る。
改めて、YES、とはっきり意識するとNOが消えた。
事前提示できないというのが引っかからない訳ではない。まあ、そこに文句を言っても、できないとはっきり明示されている以上、どうしようもない。
最終確認として残ったYESをもう一度意識するとすべてが消えて、元の静止した世界に戻る。
いや、静止は一瞬のことだった。
これから向かうはずだった街、ケルベロスヘッズで爆発が起こった。
爆発、というよりも閃光と言った方が正確かもしれない。
街の上空で起こったそれは、やがて球形に圧縮されていき、突然巨大な光輪へと変わる。
輪を描く光の奔流。
それによって街は崩れ、混ざり、光とともに攪拌され、別の何かへと変化していき、気がつけば自分の意識が浮かぶ周囲のまばらな草木も、岩やら屑鉄やらコンクリ片やら、そして宇宙船やらロボやらの残骸も赤い液状の何かに変わっていく。
ああ、嫌な演出だ。
いや、嫌だけどそれがとても嬉しい演出だ。
赤い液状の何かは何らかの生き物じみたシルエットを取ろうとしては解けて液状化する。
蛇、百足、兎、竜、茨、鳥、鰐鮫、そして獅子。
かつて見た怪物のようなシルエットを取りかけては、耐えきれないように弾け飛ぶ。
さながら雨のように赤い水滴が舞い飛ぶ。
繋がろうとしているんだ。
フォックスレインに。
その舞台たるカドメイアに。
光輪は再現なく広がっていくかと思われたが、私の上空近くまで来た頃には光の奔流は解けていき、千々に乱れ、やがて消えた。
またしても時が止まった。
日も、欠けた月も出ていた。
どちらも動いていなかった。
空の色は昼とも夜ともつかなかった。混ざり合ったまま止まっていた。
止まったままの世界に雨が降っていた。
ぞくりとした。
雨だ。
赤く染める雨。
世界が赤く染まっていく。
道も街も空も世界も。
赤く赤くなっていき、やがて赤しかなくなる。
そうきたか。
全周を染めた赤は滴るように地へと溜まっていき、それ以外は白くなった。
白と赤。
それしかなかった。
たったひとつ、ひとりの人型を残して。
マザー・オパリオス。
人喰いの怪物討滅を目指すライラプス機関のリーダー。
どこか原始的な雰囲気のやわらかな金色の巻頭衣をまとった女性だ。
本来体型を隠すはずなのにゆったりした巻頭衣で隠しきれない豊かすぎる胸。
足元まで長く伸びた金色の髪、その先は足首の辺りで拳ほどの大きさの、現実ではありえない巨大な宝石、青や緑や赤が煌めくブラックオパールの原石でくくられている。
そして口元より上もまたブラックオパールで覆われていた。最初は黒革の目隠し?と思ったそれはまるで目元だけ石化したかのようだ。
両腕も指先から肘の手前まで、足元も膝から下がブラックオパールで覆われている。その重そうな手足、そして目隠しされたその姿はどこか囚人を連想させた。
牝狐から自身の呪いを移し替えられたためにこの姿にされたと自らの口から説明されたが、まさかその理由が下剋上しようとしたから、だとは思うまい。
「おひさしぶりねえ。分かる?みんなのお母さんよ」
そう言って笑う女。
ヤバい。殴りたい。
「初手ラスボスかい」
思わず出た言葉にハッとなった。
肉体がある。
下を見れば、目の前の女と変わらない豊かすぎる胸。
現実ではありえない爆乳だ。
かつて見慣れたそれは八月朔日としてのアバターに他ならない。
着ている物というか装備は目の前の女と同じものだった。
激しく見覚えがある。
そう、これはフォックスレインを始めた時のチュートリアルそのままだ。
まさかのここからかい。
「その言葉を聞くのも久しぶりねえ。意味は良く分からないし、嬉しくもないのよねえ、その言葉」
頬に手を当てて困ったように笑う女、いやラスボスはゲームサービス終了発表前までは大人気だったキャラクターだ。
ゲームを始める時にプレイヤーが最初にチュートリアルで出会うNPCで、色々説明してくれて、「良かったら、お母さんって呼んでね」と言われて性癖に刺さったプレイヤーは数知れず。ゲームのストーリー上もプレイヤーたちを導いてくれる重要キャラクターでなんら怪しいところはなかった。
それが自ら「実はお母さん、人間じゃないの」と何気なく暴露。倒したレイドボスを復活させて、自分自身も元ラスボスの牝狐の9体目の怪物「女狐」だったと発覚してからは、今までのキャラクターどこいった?とばかりにプレイヤーたちを煽りに煽ってきた真のラスボスだ。
みんなを優しく導いてくれるからお母さんって呼んで、って言ってるのかと思ったら、実はプレイヤーみんなが9体目の怪物のコピー=子どもだったから、本当にお母さんだったというのも本性表してからは本当に腹立たしい。
「覚えているので?いや、殺し合った割には随分穏やかでは?」
「勿論、覚えているわよお。葉隠のほづみちゃん。殺し合った、というよりお母さんが一方的に殺しちゃってごめんね。ほづみちゃんは続きがしたいの?」
葉隠。私の最終職だ。
忍者系の最高職、霧隠の侍派生。
データを読み込んだだけ、にしてはまるで本当にあの時戦ったラスボスが目の前にいるみたいに、あの時のままだった。それは姿まで。
目元の黒の宝石が音を立てて割れた。
まるで世界が割れるみたいな音だった。
割れた間から金色に輝く瞳が覗く。
人とは違う、縦に避けたような真っ赤な瞳孔。
それは獣の瞳、怪物の瞳だった。
人喰いの怪物、牝狐によって生み出され、そしてあまりにも牝狐から乖離してしまった願望を持つが故に石に、宝石に封じられた最後の怪物。
次いで手足の黒の宝石もまた割れると、漏れ出した真っ赤な血から、八つの怪物が現れる。
蛇、百足、兎、竜、茨、鳥、鰐鮫、そして獅子。
いずれもプレイヤーたちで倒し、そして女狐に吸収された8体の怪物、レイドボスだ。
ラスボス戦の第一形態そのままの姿でもあった。




