第3話 ヒラエス1
フォックスレインの簡単なあらすじはこうだ。
数多の人喰いの怪物が溢れていた神話の時代。
その中の1体、その牝狐は決して誰にも捕まらない運命を持っていた。勝手気ままに他者を食らい、追われれば逃げ、そしてまた殺し、壊し、どんな存在よりも自由だった。だが、結局はより強い運命を持った神によって石にされ、捨て置かれた。
自分より強い運命を持つ存在には勝てないことを悟った牝狐は石となったまま、神々や他の怪物がより強い運命によって時の果てに過ぎ去っていくのを待った。
時は過ぎ、神々は彼方へと去り、神話の時代のいずれの強大な怪物も滅んだ頃、牝狐は長い年月によって石化の解けていた尾から8体の分身たる怪物を創り出し、世へと放つ。8体の怪物は本体たる牝狐の解放のために力を求めて人々を襲い、そして人々はこれに抗うことはできなかった。
という感じでプレイヤーは8体の怪物を倒し、最終的には蘇った牝狐を倒す、というのが8年間でのメインストーリーで、それは綺麗に完結していたのに、サービス終了発表後に始まったイベントが実は9体目の怪物「人間=女狐」がいて、それが超厄ネタだったというどんでん返しかつバッドエンドになぜしたし、と当時散々言われ続けた。
全プレイヤーが9体目の怪物のコピー体だったってのも衝撃だったし、ゲーム的に特に言及されていなかった、NPCは死んでも蘇らないのに、プレイヤーが死んで蘇るのは実は大元たる牝狐が存在していたおかげで、その牝狐をプレイヤーに倒させて力を吸収したラスボスたる女狐を滅ぼすつもりか?自殺願望でもあるの?って大笑いして煽られるシーンは今でも現実の思い出以上にはっきり思い浮かぶ。
結局まあ、カーテンコールでも三度のチャレンジの末に第4形態には辿り着けども、倒し切ることはできなかった。
サービス最終日、そのエンディングは世界中で赤い雨が空が真っ赤になるくらいに激しく降り、その激しさはサービス終了時間までどんどん強くなり、最終的に赤以外なにも見えなくなって終わる、というある種のホラー的なそれだった。
私のアバター「八月朔日」が明確に死んだという演出もなく、他のすべてのプレイヤーも、NPCも、世界もどうなったのかも明示はされていない。まあ、あの女狐が倒せなかった以上は、救われなかったのは間違いない。
ラスボス戦で死ぬと見られる特殊演出、「母の元に帰りなさい」の言葉通りに吸収されてしまったのだろうか。
私はケルベロスヘッズの最初の演出がどうなるのかを非常に楽しみにしていた。
フォックスレインはストーリー的にはバッドエンドかつ、なかなかの胸糞だったけど、綺麗に伏線回収していた。すごくワクワクしたし、面白かった。本当のラスボスが明らかになった時の世界がひっくり返るあの感覚は忘れられるはずがない。
正しくプレイヤーがクリアできなかったという意味ではある種のクソゲーだったかもしれない。
それでも私はやっぱりあのゲームが生涯ベストゲームだったとはっきり言える。
あの体験ができるなら、バッドエンドはマイナス評価には全然ならない。
さあ、キュリオスゲームはヒラエスシステムでどうフォックスレインと繋げてくるんだい?
お手並み拝見といきましょう。
HEを起動すると、そこは映画館だった。
少し古臭い、こじんまりとした劇場の中央やや後ろ側、そこにひとりでポツンと座っている。
そういや最後に使ったのは映画を観るのにだったか。
最新のVRを全く使わない、私が生まれる前の映画、そのスタッフロールが止まったまま映し出されている。私は基本的にはスタッフロールの最後まで席を立たない派だけれども、この作品は最後の最後までは観なかったことを思い出した。
あぁ、そうだ。
なんだあの結末は。思い出して腹が立ってきた。
話をひねろうとしたのか、出会ってから終盤まで一緒に戦ってきたヒロインが実は敵のスパイだった。そして主人公もそれが分かるとあっさり殺したし。いや、途中で惹かれあっての情事とかも挟んで、全然ヒロインのこと疑ってなかったのに、急に感情虚無になるじゃん。
裏切るなら裏切るなりに伏線貼るなりさあ、殺すなら殺すなりに主人公の性格をもっと冷酷にするなりさあ……余韻に浸るより先に思わず再生を止めて、猛烈に愚痴ってしまったんだった。
思い出しているうちに、立ち上がってしまっていたことに気がついて再び席に座る。自分の部屋のように馴染んだ、しんと静まり返った空間に浸って冷静になる。
まるで本当にそこにいるかのように視覚、聴覚、触覚、そして一部の臭覚、わずかな味覚が再現されるフルダイブ技術が一般的に普及して、最も多くの人が利用しているのは劇場だった。
どんなに遠く、例え地球の裏側のロックバンドのコンサートでも家にいながらに参加できる。あるいは周囲にどんな人がいるのかを気にしないでたったひとりだけの映画館で名作映画を思うままに大音響で楽しめる。あるいはプラチナチケット必死の人気の俳優の演劇をかぶりつきで、しかも好きに声を発しながら気の合う友人だけで現地にいるように楽しんだりもできるのだ。
ゲームのように自分でアクションするのではなく、文字通りに浴びるように娯楽を享受できるフルダイブ環境は年齢を問わずに普及した。むしろ高い年齢層の人たちにとっては、肉体的負担を軽減して楽しめるので今ではかなりのシェア率になっている。
私も仕事をしていると、どうしてもストレスや疲労で積極的に何かを楽しむよりは、いろんなことを忘れてただただ楽しいことを一方的に受け取り、決まった時間で綺麗に終われるものを望んでいた。そうした時にはゲームよりも、やっぱり映画や音楽のようなものが気楽に楽しめた。
「起動、ケルベロスヘッズ」
「承知しました。ケルベロスヘッズは初めて起動するため、初期設定が必要です」
「分かってる。始めて」
呟いた言葉に反応して、スクリーンのスタッフロールが消え、そこにキュリオスゲーム社のシンプルで上品なロゴが現れると、そのロゴだけを残してスクリーンが、周囲の椅子が、劇場そのものが白い空間に変わっていく。それに合わせて立ち上がると私が座っていた椅子も消え、そしてデフォルトから選んだだけの特徴のない私の汎用アバターも消えた。
意識だけで浮かんでいるような、そんな幽霊みたいな感覚。
私のいた場所の足元にはいつの間にか草原が生い茂り、キュリオスゲーム社のロゴが消えると青い空。日が上り、沈み、また上る。同様に月も星も雲も巡り、一呼吸の間に目まぐるしく昼と夜を繰り返し、その果てに遠くに灯りが見えた。
街だ。
遠く地平線に街が見え、それはめまぐるしく発達していく。
私の周りには相変わらず牧歌的な自然が広がり、ファンタジーとは無縁な現実的な動物たちの姿が見えた。
鳥や狐(普通の狐だ)、馬やウサギが加速した時間の中をゆったりと通り過ぎていく。時間の流れがずれているのは単なる演出だろう。
あなたの住んでる世界と同じような世界でしょう?
と言わんばかりだったそれが変化したのは、頭上を1機の巨大な船が通り過ぎてからだ。流線的な翼のない船のような物体が、飛行機ではない、そして明らかに自然物ではないものが空を飛んでいった。
まるで宇宙船だ。
宇宙船じみた何かがいくつも空を飛び回るようになった。
街は一気に近代的な建物から現代的な建物群がいくつも生え、ついには天高く2本の柱のような高層建築がそびえる。
そして周囲から動物たちの姿が消え、草原は草木もまばらな荒地になった。
いつの間にか朽ちた鉄や崩れたコンクリート、何かしらの機械の残骸、よく分からないちぎれたケーブルが散乱していた。
日も月も巡るのに、街の発展も止まり、それに合わせたようにさっきまでとは打って変わって何も変わらない情景が続く。
ただ、空というにはあまりにも低い宙を巨大な船が通り過ぎるたびに、名状しがたい悍ましさを感じた。
自分が大地へと押し込まれているような圧迫感、不自由さ、そして気持ち悪さがあった。まるで自分がちっぽけな虫にでもなったかのような。
唐突に変化が起こった。
2本の柱のような高層建築の内の1本が崩れ落ちた。
飛び交っていた宇宙船に爆発が起こり、炎と煙を噴き上げながら大地へと落ちていく。
1機だけじゃない。
2機、3機といくつもの宇宙船が落ちていく。
そして宇宙船の姿がすべて消えた時、空にあった満月が欠けた。
何かが終わった。
それが何と説明されなくても分かった。
広い空。
日と月と雲と星。
それ以外に何もない空が妙に清々しかった。
足元には見慣れないオブジェ、いかにも戦闘目的で作られました的な人型ロボットの残骸が宇宙船の残骸に混じって落ちているのを見て、だいたい何が起こったのかは分かった。
私の意識が浮かんでいる場所に1本の道が彼方から伸びてくる。
私の足元を通り過ぎ、遥か後方へと去るように伸びていった。
彼方のあの街へと進め、ということだろう。振り返った先には延々と伸びる道があるだけで、彼方に街などない。
この辺りのシーンは実況プレイでも見た。従わずに反対に向かっても何もないし、何も起こらない。
この道の先にある街の名前、それがゲームタイトルにもなっている「ケルベロスヘッズ」だ。
みっつの頭を持つ魔犬にして地獄の門の番犬、ケルベロス。
その名前を冠した街へと意識を向けると、そちらに急速に引き込まれる感覚がして、そして時が止まった。




