第14話 チャンドラー4
「天使は、自分たちが理解する世界は、セフィロトによって形作られている、と考えている。自分たちが、理解できない存在が、元いたあらゆる異世界を、クリフォトと呼んだ。そのクリフォトから、こちらへと来訪し、それぞれの要素が混ざり合った存在を、陽の光と夜の闇とが混ざり合った、夕暮れに立つ者、妖精と呼び、天使たちは、クリフォトに関わる部分の解明に、関わることを拒否。妖精のリプレースメント作成技術が発達すると、最終的にリプレースメントは人間、妖精の別なく、メーカーが独自に作るようになった」
「あれ?じゃあ天使は今は何もしていないの?復活させてるのって天使じゃなかったっけ?」
「ヘイローの転送技術の保守、運用、エーテルラインの管理方法は天使が秘匿しているから、そこは変わらずに天使の領分だ。あくまでもリプレースメントメーカーは、リプレースメントの作成だけで、作成されたリプレースメントへの、ヘイローの転送、イデアライズは天使が行なっている」
「なるほどね。天使保険はそうなっているのか。ん?あれ?」
……これ、ライラプス、ってか、他ゲーからのコンバート組って、現状、その仕組みに加入してないよね?
リプレースメントメーカーが勝手に肉体つくって、勝手に他ゲームのイデア乗っけて、死んでも勝手にイデアをヘイローによらずに回収して復活させてる……これって下手にNPCに、ってか人間種に話さないようが良いやつ?
なんか天使に隠れてこそこそやってない?クリフォトに関わりたくないマンである天使にとっては、絶対、後々敵対ルートでは?
やっぱり妖精って世界の敵ルート?
「どうかしたか?」
「いや、べつに、ぜんぜん。あーっと、妖精の謎ステータスって、それぞれが何を表しているのかって知ってる?」
「いや、そこまでは、私も知らないな。知りたければ、リプレースメントメーカーの、関係者に当たるしかない。こうなっては私は会えないが、連絡先は教えられる。必要か?」
「これが終わったら是非」
「分かった。約束する。ああ、ここだ」
フラグかな。
もしかするとプレイヤーが関わるシナリオはターゲティングがされているのかもしれない。
プライヤーの好みや知りたいこと、理解したいことを解析して、そこにある程度関わりやすい誘導が組み込まれているように感じた。
奥へと進みながら話していたロビンが立ち止まって示した扉を開けて中に入ると、そこは伽藍堂だった。元々は事務室か何かだったのかもしれない。それくらいなんの変哲もない空き部屋だ。
「何もないみたいだけど?」
「当然、隠してある」
古いゲームにありがちな、床のタイルがひとつだけ色が違う、なんてことは当然なく、一見して違いが何も分からない床にロビンはかがみ込んで手を触れた。
するとステータスみたいな小さな四角いホロが浮かび上がって何かしらの文字列が流れていく。
少しの間があって伽藍堂の奥、床の一部から機械音が漏れ出して、扉一枚分ほどの大きさの入り口が開いた。
地下への隠し通路か。
念の為、私が先導して中へと入る。
中の階段は思ったよりは長かった。
2階分くらいは下へと降りるとまた扉がある。
ロックは掛かってなかった。近づくだけで自然に開いた。
真っ白な部屋でまず目についたのは機械的な台座の上に浮かぶ金色の巨大な輪がふた組。台座の部分からケーブルの繋がっている、それを制御するためであろうシート付きのコンソール端末。そしてどこか業務用の巨大な冷蔵庫を思わせる謎の箱。
肉体の組み替えに使われるチェンジリングとリプレースメントの保管庫か。
ロビンは保管庫に近づくとすぐに操作して扉を開く。
中には真空パックされたロビンの本来のリプレースメントが。
「え?なんで?」
なかった。
空だ。
ぶーんという、保管庫の作動による、わずかな振動音が部屋の中にいやに響いた気がした。
ロビンに言葉はなく、背中からはその表情は窺い知れない。
罠?という言葉が浮かぶ。
いや、それなら爆弾でも仕込むか。
いやいや、相手は別にロビンを殺したい訳じゃない。
盗まれた?
ロビンはここのことを知るのは自分だけと言っていた。
だが、現実にここにロビンのリプレースメントはない。
ただ、ここでこうしているのは絶対にヤバい気がした。
「ロビン、どうする」
爆発音が連続して響いた。
この部屋が爆発した訳じゃない。
正面と裏口に仕掛けられたトラップだろうと直感する。リプレースメントはなく、それが発覚した直後に侵入。間違いなくロビンの元お仲間、デッドマンズハンドだ。
タイミングが良すぎる。
さっき見た黒猫が頭によぎる。
ポエット、裏切った?
そう、元々、別にポエットとは、まだ仲間ではない。
ちょっと親しげになったツンデレおじさんの知り合いでしかない。
しかし最も疑わしいのは彼女ひとりだ。
チグリスじゃないけど、事が起こっている最中に考えるのは何故じゃない。
「ロビン、逃げないと」
口にしながらも、どうやって?と自問した。
しまったな。チグリスたちに帰りのエスコートも依頼しておくべきだった。
依頼はこの場所までの護衛。それは果たされたのだから、ここにリプレースメントがなかった場合なんてことは契約外だ。
勝手にロビンが元のリプレースメントに戻れば万事解決する気でいた。笑顔で別れて、じゃあ元気で、って、そういうイベントなんだと思い込んでいた。
車で襲撃がなかったのなら、そりゃここで襲撃されるか。
出ますよ、出ますよ、って怯えている時に幽霊が出なけりゃ、油断したタイミングで出るに決まっている。
ロビンは扉を開けた時からずっと背を向けたままで固まっていた。
細い背中だ。震えている訳でもないのに、まるで泣いている小さな子どもみたいに見えた。
それはただのリプレースメントだ。
ロビン自身の肉体では決してない。
中身はマフィアの元ボスだ。ロビンの話ではどんなマッチョだっただろうかって話で、今の見た目は仮初に過ぎない。
社会的に脅威度の高い賞金首。死んだところで自業自得。
だから?
「ロビン、まだ依頼は終わっていない。良いよね?」
私の言葉を聞いて、やっとロビンが振り返った。
諦めたような、失望したような、そんな気の抜けた表情だった。
笑うことも、泣くことも、怒ることも、そのどれでもなかった。
「八月朔日……」
「良いよ。大丈夫。ちょうど暴れたいって思ってたところだし」
出し惜しみはなし。
最初からストロベリーシェイクを選ぶ。
カニとの戦いを経て、まるで昔馴染みの武器みたいに感じる。
さすがに集団から銃を撃たれたら、私はともかくロビンは守れる気がしない。
そうするとロビンには籠城してもらうか。
すぐにここを出て、元通りに閉めてもらったら、すぐにはこの場所は探し出せないだろう。
勝利条件はふたつ。
私が暴れ回って全滅させる。
あるいは敵のボスを倒せば、全滅させなくてもそれで引くかもしれない。
なに、いくらなんでもあのカニより強いマフィアなんて、そうそういないだろう。
「全滅させたら連絡する。連絡がなかったら、チグリスとナイルに連絡してみて。多分、力になってくれるはず」
「八月朔日、良いんだ。もう良いんだよ」
悪い人たちじゃなかった。それにさっきの迷惑分もある。そこを突けば、私の払った分の報酬もあるし、断られない可能性は高い。
その辺の交渉はマフィアの元ボスだ。私からわざわざ言う必要はない。
「もう時間なんだ」
そう言って、ロビンはずっと嵌めたままだった黒い、肘まである手袋を外した。
細く長い手、そこからまるでダメージエフェクトみたいな白い霧が出ていた。
まだ食らったことないけど、毒か何かの状態異常のようだ。肉体が維持できなくなってエーテルへの分解が起こっていた。
リプレースメントの崩壊が始まっている。
「ありがとう、八月朔日。ここで君は、依頼を果たした」
崩れかけの手でジェスチャーを、ゲヘナを振り込もうとしたその手をそっと握る。
今にも崩れて消えてしまいそうな、温かみの感じない、全く力の通っていない手だった。
「まだだよ。クライマックスは、さ。ロビンに見せてあげよう」
笑う。強がりじゃない。
なあに、リプレースメントの適合率100%に……なってないし。時間的にはゲーム内6時間くらいで100%に戻るのかな?って思ってたけど、微妙に届いていない。
それでも93.8%は実質100%だろう。
足りない分はテンションかな。
ならすぐに上がるさ。
笑う私をロビンは見つめる。
「殺し屋が知り合っただけの女の子を守って戦いに行って、死なないパターンもあるんだってことをね」
死亡フラグ?
へし折ってやりますとも。




